039 居酒屋イザヤ

「もう……。ユウキくんはいつも怪我ばかりして」



 場所は変わり、俺たちはルミカに連れられて個室居酒屋のようなところで夕食を摂っていた。


 個室ということで周りに気を遣う必要もなく、ユズキに半ば強引に服を剥かれた俺は、彼女の手当を受けながら運ばれてきた食事を頬張る。



「そんな酷い怪我はしてないと思うんだが」

「何言ってんの、このバカ?」

「おい。仮にもヒロインを自称するような女が見せていい顔じゃないぞ」



 恐ろしい類の顔芸を披露したユズキ。まだ酒類を口にしていないというのに、もう酔っ払っているようだった。



「いつも言ってるけど、わたしは僧侶とか神官じゃないから、回復系統の魔法は使えないの。スキルじゃないから覚えるのに時間もかかるし難しそうだし。だから、あまり怪我はしないでほしいな」

「前衛職に怪我するなとか無茶言うなよ」

「どうして後衛のわたしが自動回復のスキル取ってるのに、あなたは取ってないの?」


 

 まあ、確かに。

 『常在戦場』があるから問題ないと高を括っていたが、本来ならセットで装備した方がいい代物なのかもしれないと、ここ最近思うようになっていた。



「必須スキルだと思うんだけどなあ。ねえ、ルミカさん? セージューローだって取ったでしょ?」

「私は、そうですね。持っていませんが、部下の多くは所持していたスキルです」

「ほら、やっぱり」

「我は持ってないぞ」

「別に、アンタが死んでも困るのは邪神だけでしょ。信仰的な意味で」

「ふん。あまり大口を叩くでないぞ、ユズキ。常に我の号令で動ける信者の数は七千。その誰もがレベル300越えだ。たとえ貴様であっても太刀打ちできまい」

「そっかあ。すごいねえ」

「ふっ……我に惚れたな」

「勘違いオタクきも」



 いいようにあしらわれている聖十郎。ユズキも酷いヤツだった。

 


「しかし、この身はすでにあのお方へ捧げたモノ。貴様なんぞが気安く触れていいものではないわ」

「ていうか、セージューロー。アンタ、ご飯の時ぐらいペストマスク外しなさいよ」

「それは俺もずっと思ってたぞ。その食べ方、めんどくさくねえのか?」

「よっぽど顔を見られたくないようですね」



 口許に食事を運ぶ際にだけペストマスクを僅かに持ち上げる食べ方は、傍から見ていてもめんどくさい。当の本人は尚更だろう。



「何も隠す必要はねえだろ。それとも、見られたくない傷とかあるのか?」

「もしかしたら女の子だったりして」

「……顔がないとか?」



 各々の回答は、鼻で笑う聖十郎によって切り捨てられた。



「ふん。予想するのは勝手だが、何でもかんでもそこに意味を見出そうとするなよ。仮面の素顔? 隠す理由? 笑止、くだらん。何かにつけて貴様らは理由を、意味を求めたがる」

「ねえ、それまだ続くの?」

「言いたいだけ言わせておけよ。おまえと一緒でおしゃべりが好きなんだ」

「ユズキ、自分の話ばっかりする人きらーい」

「おいおいおい、すっげえどでかいブーメランが後頭部貫通したぞ?」



 え、何が? みたいな顔で首を傾げるユズキは、ハサミで切った包帯の切れ端を指先で燃やす。テーブルを挟んだ向こう側で、聖十郎はまだ喋り続けていた。



「はい、応急手当おわり。もう無茶はしないでよ、ユウキくん」

「それは無理だから、早々に回復職を勧誘しねえとな」

「そういう問題じゃないんだけどっ?」

「はいはい、近いから離れろ」

「むーっ! ほんっと、きみはいつもそうやってわたしを遠ざけるね?」

「聖十郎、おまえ俺と席代われ」

「やだーっ!」

「我もヤダ」

「ルミカ、こいつを頼んだ」

「え、私が――」

「私が代わる?」



 詰め寄ってくるユズキを引き剥がす俺の耳元で、シスフェリアがルミカの言葉を遮った。



「シス?」

「私がユズキの面倒を見る」

「え、あ、いや、それは別に……」

「遠慮しなくていい」

「んーん、遠慮してないよ?」



 突然のシスフェリアの介入に、ユズキはあっさりと身を引いた。それに対し、



「………」

「あーあ。シスを怒らせた」

「え、怒った? どっからどう見ても無表情だけど……」



 以前よりシスフェリアと繋がりが深くなっている俺は、彼女の些細な機微にも気付けるようになっていた。



「シスをあまり怒らせない方がいいぜ」

「私が本気を出せば」

「おまえの許容量を超える魔素を放出できるんだからな」

「それはマジで洒落にならないからやめてよ?」

「我も被害には遭いたくないぞ。……しかし、歪み堕ちか、それはそれで、カッコいいな」

「ふふ」



 顔を引き攣らせるユズキと、小声でとんでもないことを宣う聖十郎。そして流石というべきか、柔和な笑顔を崩さずシスフェリアを見つめているルミカは、魔素という言葉に対していっさい恐れを抱いてない。


 この中で、明らかに魔素に対して耐性がないであろうにも関わらず。

 不思議な女性だ。いや、それでこそ、元とはいえ四凶という称号を抱いた女。

 この程度ではビビらんか。

 ちょっとだけ、いや少しでもいいから、こういうお姉さんが怖がる姿を、俺は見てみたい。



「シスフェリア様は、とても可愛らしいお方ですね。とても大量の魔素を内包した存在とは思えません」

「間違っても触れるなよ」

「承知しております。しかし、ああ、そうですね。触れられないというのは、なんと寂しい」

「私にはユウキがいる。寂しくはない」

「それならいいのですが。けれど、いつまでも同じようにいられるわけではありません。何かしら対策を考えた方がいいでしょうね」



 ルミカの言葉に、俺は頷いた。



「そうだな。いつまでも腫れ物扱いってのは気に食わねえ。せめて魔素のコントロールがうまくできるようになりゃ、何か道筋が見えるかもしれないんだが」

「魔素のコントロール、ですか? そんなことが可能なのですか?」



 若干食い気味に反応するルミカに、俺は頬をかく。



「多少、な。まだ精密なコントロールはできねえよ。大雑把にいえば、正真正銘、言葉通りの必殺技が使える程度。放出する魔素をゼロにすることはできねえ」


 

 絶不調の死にかけとはいえ、エミネミの魔剣の一撃を喰らい彼女を殺した技だ。その余波で周囲一帯を枯らしてしまう量の魔素が流れたのだから、無闇には使えないしそれをコントロールしているとはいえないだろう。



「ですが、鍛錬を積めば魔素をコントロールできると?」

「ああ、多分な」

「……魔導師は、自身の体内で生成される魔力を感知することで、空気に流れ飛び交う魔力の存在に気付けるようになります。最終的にはそれらを利用して術式を組み上げるのですが」



 突然、そんな話を始めたルミカ。

 何を言いたいのかがわからない俺へ、ルミカは期待を込めた眼差しで言った。



「己に内包されるい魔素をコントロールできるようになれば、いつか、外の世界に蔓延る魔素を取り除くことができるかもしれませんね」



 続けて、ルミカはこうも言った。



「さすれば、未踏の第八層を越えることができるやもしれません。元は冒険者であったこの身、未知への探求は胸を熱くさせます」



 未踏の第八層……か。

 そういえば、アモンのおっちゃんからそんな話を聞いたな。もらったメモにも、そんなことが書かれていたのを思い出す。


 しかし、魔素のコントロールか。

 もしそれが可能となれば、元の世界へ帰る手がかりを得られるかもしれない。

 今のところ帰る予定はまだないが、知っているに越したことはないだろう。



「ユウキが望むなら、なんだってやれる」



 そう言って、俺の手を握るシスフェリア。

 不器用だが表情を崩してみせたシスフェリアに、俺も頷いた。



「頼りにしてるぜ、相棒」

「ん。ダーリン」

「ダーリン?」



 シスフェリアの言葉に、ユズキが光の速さで食いついた。



「妙に人間らしくなったなとは思ってたけど、ダーリンって何?」

「俺にいうな。シスに聞け」

「ねえユウキくん。サブストーリーばっかり攻略してないで、そろそろメインストーリーに戻ってよぅっ!」

「悪りぃ、スタミナ切れなんだわ」

「課金してっ!」



 無茶な要求ばっかりしてくる勘違いメンヘラ女との間にシスフェリアを設置する。引き潮と化したユズキが睨みつけてくるのを無視して、俺はジョッキに残った液体を喉に流し込む。



「次は何をお飲みになりますか?」

「同じヤツでいいや」

「蜜柑酒ですね。承知しました」



 すっかり俺たちの世話役みたいな立ち位置になったルミカが、仕切りを開き使用人を呼ぼうとしたその時。

 ルミカが開くよりも早く、仕切りの奥から人影が覗き込んできた。

 ぴょん、と黒猫のような耳が跳ねる。



「なーんか楽しそうだねえ、お兄さん♡」

「んな……っ!?」



 そんな甘い声を漏らしながら、黒髪黒耳の獣人美少女――クロナちゃんが顔を覗かせた。



「わっちも混ぜてほしいな、お兄ぃ?」

 





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