040 黒猫の誘い

「誰、こいつ」



 ユズキの先制攻撃がクロナちゃんの頬を引き攣らせた。

 ヒロインにあるまじき顔芸で獣人美少女を威嚇する姿は、醜いの一言に尽きる。

 とはいえ、



「何しに来たよ、クロナちゃん。また美人局か?」

「いえいえー、もうそんな無粋なことはしませんよぉ」

「悪いが信用できねえぞ」



 お姉様ともう関わらないことを約束した以上、擁護しないし警戒するのは当たり前だった。

 俺の明確な拒絶に、クロナちゃんは飄々と風を巻くように俺の隣に腰掛ける。左から、ユズキの殺気が鋭さを増した。

 俺ごと殺してしまいそうな殺意の塊に、クロナちゃんはぶるぶる小さな体を震わせて俺の腕に抱きつく。



「ひぃ……な、なんなんですか、あなた!? わっちが何したって言うんですか!?」

「何をした……? 白々しいわね、この犬畜生が」

「わっちは黒猫型タイプ・キャットですぅ! 犬じゃないですからっ!」

「——知らないしどうでもいいわよ、ンなことはッ」

「ひぃぃぃっ!?」



 転移魔法を使ってクロナちゃんの隣に移動したユズキは、彼女の胸ぐらを掴み上げ、俺の腕から引き剥がす。

 色々とユズキに言ってやりたいことはあったが、先も言った通り、俺はクロナちゃんに助け舟を出すつもりはないし止めるつもりもない。


 それがたとえ、ヒロインにあるまじき——



「ユウキくん、きみはどっちを応援してるのかな?」

「ゆ……ユズキに決まってるじゃないか」

「うんうん、そうだよね♪」



 こいつ、やっぱり人の心の中を読むスキルでも習得しるんじゃなかろうか。



「ともかく、おまえ。どうしてここに来た? また美人局は御免だし、こっちには旧四凶のルミカ姐さんがついてんだぜ? それがどういう意味か、わからないはずねえだろ?」

「……っ」



 俺のドヤ顔に、クロナちゃんはさらに顔を歪ませた。



「どういう意味だ?」

「さ、さあ、どうでしょう?」

「多分、意味はない。言いたかっただけ」


 

 ユズキを除く外野がうるさい。



「ま、待ってくださいっ、命だけは!」

「ビビってるビビってる」

「涙目ですね。そんなに私、怖いでしょうか」

「ルミカの逸話を聞きたい」



 涙目で命乞いするクロナちゃん。俺はユズキに離してやれ、と目で合図を送った。



「わかった。殺すね」

「待て待て待て!!」

「え?」

「え? じゃねえよ!?」



 本気で殺そうとしたユズキからクロナちゃんを引き剥がし、さりげなく胸に抱く。

 クロナちゃんの華奢な体が隙間なく俺にくっついて、いい香りが鼻を掠めた。同時に、射殺すかのようにユズキの殺意が膨れ上がった。



「お、落ち着けよユズキ。まずは話し合おう」

「ユズキね、浮気だけは許せないの」

「おい、誰と誰が付き合ってる設定だ?」

「細かいことはいいのッ」

「よくねえよ……」



 シスとならともかく、おまえと付き合ったつもりはねえぞ。



「とりま、ユズキは黙ってろ。まずはこいつから話を聞き出す」

「うぅ……日に日に、ユズキに対する扱いが酷くなってるよぉ」

「呼べばすぐ来る都合のいい女枠なら空いてる」

「正妻枠じゃないとユズキは体を売らないよ!」

「ふん、正妻という器ではなかろうに——」

「セージューロー……?」

「———」

「聖十郎が……死んだ?」



 騒がしい外野から一旦視線を外して、俺は胸に抱くクロナちゃんと視線を合わせる。顔面を真っ赤にして、うるうると涙で潤わせた瞳でクロナちゃんは俺を見上げていた。



「お、お兄さぁん……っ」

「それで、どうして俺の胸にまた戻ってきたんだ? 今度は確実に孕ませるぞ」

「だれか助けてくださいッ!!」

「冗談だよ」

「冗談には聞こえなかったですけどッ!?」



 冗談なワケあるかよ。獣人で美少女だぞ。隙ありゃ押し倒したいに決まってる。それが男の性だ。



「いいから、はぐらかさないで言えよ。でないとマジでロリ穴に俺のイキリ棒ぶち込むぞ」

「ひいいいぃぃぃっ!? や、やめ、擦り付けないでくださいッ」

「最低……」

「人間のクズだな」

「流石にそれは引いてしまいますね」

「それでこそユウキ」



 四者四様の反応を楽しみながら、俺は仕方なくクロナちゃんを椅子に下ろす。

 クロナちゃんは、ホッとした様子で息を吐く。次いで、今度は焦ったように表情を崩した。



「そ、そうだ! 急いでここから逃げてください、お兄さんっ」

「あ? んだよ、藪から棒に」



 演技派女優よろしく真に迫った表情で俺の服を掴むクロナちゃん。焦りに焦ったその様子は、尋常ではない出来事が迫ってきているように感じさせた。



「た、大変なんです! 今ここに、ロートリンゲン・ファミリーの幹部たちが兵隊を連れて向かって来てるんです!」



 と、そんな言葉を皮切りに、店の入り口あたりから騒がしい声が聞こえてきた。ルミカたちもその気配を感じたのか、眉間に皺を寄せる。



「ったく、ルミカの肩書きにビビったんじゃねえのかよ」

「そ、それがわっちにもよくわからないんですが……ともかく、急いで裏口から逃げてください!」

「どうする?」



 焦るクロナちゃんとは真逆に、俺は冷静にみんなに問いかけた。

 ユズキは、視線をクロナちゃんに向けて、冷たく言い放った。



「もろとも殺そっか」

「こうなっては仕方ない。黙ってやられるなど性に合わんしな」

「俺も聖十郎に同意見だ。ルミカは?」

「そうですね……まさか、このような展開になるとは思いませんでしたが。ともかく、この場を離れることに関しては賛成です」

「よし。じゃあ、最後に」

「うん」

「おうとも」

「はい」

「ん」

「え?」



 クロナちゃんに空いたグラスを握らせて、俺たちは逃げる前に互いのグラスを付き合わせた。



「「「「乾杯」」」」

「き、危機感なさすぎでしょ!?」



 グラスに残った液体を飲み干して、俺たちはクロナちゃんに誘導されるがまま裏口を出た。





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