041 月面を背に

「——ハンッ。のこのこと現れやがったか、クソヒューマンども」



 クロナちゃんの誘導に従い裏口から店を出た俺たちを待ち構えていたのは、屈強な男たちを数十人も従えた銀髪のロリビーストだった。



「お姉様!」

「お姉様言うなッ!!」



 牙を剥き出しに咆える、包帯ぐるぐる巻きのお姉様。流石は獣人種ビースト。あれだけの傷を負ってもう動けるようになるとは。



「そんなに俺に会いたかったのか、お姉様」

「ンなわけあるか、ぶち殺すぞクソ変態野郎ッ」

「嬉しいなあ。俺もちょうど会いたかったんだ」

「人の話を聞けぇッ!」



 肩で息を切りながら騒ぎ立てるお姉様からクロナちゃんに視線を移す。彼女は、両手を背中に回して、チロっと舌を出していた。

 小悪魔のように笑い、申し訳なさの欠片もなく俺を見上げる。



「一応、訊いておこうか」

「ごめんねえ、お兄さん。わっち、みんなのこと騙しちゃった☆」



 てへぺろと眩い笑顔を浮かべたクロナちゃん。瞬間、クロナちゃんの腹部に魔弾が食い込んだ。くの字に折れ曲がる華奢な体。吐き出た液体もろとも吹き飛ばし、ユズキが前髪を掻き上げた。



「バカが。あえて誘いに乗ってあげたに決まってるでしょ」

「ゲボ——ッ!?」



 複数人の男を巻き込んでクロナちゃんが壁に叩きつけられ、砂埃が舞う。

 女子供とはいえ容赦ないユズキの一撃に、流石の俺でも引く。 



「き———さまぁぁぁッ!!」

「そんなにブチギレるなら大事な妹をこっちに寄越してんじゃあねえわよッ」



 ユズキの正論が炸裂した。しかし、



「絶対に許さない……絶対にぶち殺してやるからな……ッ!」

「はっ……やれるモンならやってみなさいよ。人間様にひれ伏す快感を叩き込んであげる」



 その言葉を合図に、屈強な男たちが怒号を轟かせて地面を蹴った。

 俺と聖十郎も、ユズキの前に立ち臨戦体制に入る。

 


「ルミカ、威圧とか無粋なモン使うなよ」

「了承致しました。しかし、その前に訊いておきたことがあります」



 濁流がごとく迫り来る男たちの軍勢を前に、ルミカは眉ひとつ動かさず視線をお姉様に向けた。



「幾ら数を揃えたところで無駄だとわかるはず。そこまでバカではないでしょう。あなたも、あなたの主人も。なぜです?」

「——なぜ?」



 ルミカの問いかけに、お姉様が瞳孔を見開き、愚者に裁定を下す女神の如き表情でわらう。



「いいぜ、教えてやる」


 

 一言、そう発した瞬間。

 店の裏口を蹴破って現れた複数の人影に、ルミカは目を剥いた。

 


「まさか……王国騎士団!? なぜ、どうしてここに!?」

「流石の旧四凶さまとは言えよぉ! 王国と構えることはできねえだろうがッ!!」

「——ッ」



 刹那、前方から迫ってきていた男たちと境界線を設けるように、一つの亀裂が走った。

 時を止められたかのように急停止する男たちは、全身を寒さに震わせていた。


 今まさに迎え討とうとした俺たちも、その一閃に体を震わせる。

 そんな中、一人だけ冷静に佇む者がいた。



「そういうことですか、ニコラ」

「はっ……ったく、相変わらず尋常じゃねえな。おまえ」



 いつの間にか、ルミカの手に握られていた一条の槍。

 白銀に輝くそれをニコラにして、ルミカは目を細めた。



「我が国と戦争ですか」

「それが首領ドンカティの望みだ」



 次いで、ニコラは言う。



「旧四凶、虚空のルミカの首を手土産に、現四凶、窮奇きゅうきのフーゴの首を獲る」

「そうまでして、四凶の座が欲しいのですか?」

「主人が望むなら、わっちらは身命を賭して道を切り開くまで。——いい加減、グダグダ抜かすなよ女々しいぞ。それを抜いたんなら殺す気で来いッ」



 咆哮のごとく言い放ったお姉様の啖呵に、俺は笑みをこぼした。



「だってよ。どのみち、戦うしか方法はねえと思うが」

「……。そうですね」

「戦争だとか物騒な単語が出てきたが、要はここでこいつらをぶっ倒せばその戦争は止められるんだろ? ならやるしかねえだろ」

「そんな単純じゃないと思うけどな」

「むしろ、戦争の火種に成り得るが」



 そんなことを言いながらも、やる気満々の二人。

 ユズキは術式を、聖十郎は二本の剣を抜いて、眼前のゴロツキたちに得物を構える。



「二度にもわたってユウキくんをたぶらかした獣人は、ユズキが責任持って殺す」

「ふん……獣狩りに相応しい、素敵な夜だ。なあ、そうだろう。友よ」



 当然だ。

 俺も拳を構えて、闘気を全身に纏わせる。



「売られた喧嘩は全部買う。舐められて終われないのが俺の流儀だ」

『準備完了。いつでも行ける』



 後先なんて考えない。そうなったらそうなったで、またぶっ倒せばいいだけの話。



「もう止まらねえぞ、ルミカ」

「……ええ、そのようですね」



 苦笑するルミカが、俺に背を預ける。

 ユズキは左を、聖十郎は右を。

 それぞれの死角をカバーするように、俺たちは立つ。



「酔い覚ましに遊んであげましょう。安心してください、本気は出しませんので」



 ルミカの挑発を皮切りに、俺は笑顔全開で叫ぶ。



「行くぞ野郎共ぉぉッ!!」



 

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