017 猛進
奇妙な気配に追われるようにして、ダンジョンを突き進む。
相変わらず一定距離を保ったまま、こちらに干渉してくるワケでもなく正体不明のそれはピッタリとついてくる。
だからこそ油断はできず、また低級とはいえうようよと寄ってくる魔物にも神経をすり減らしていった。
「この……ッ」
「ユウキくん……っ」
大振りの一閃が魔物を刎ねる。
無駄にモーションの大きい攻撃の隙を縫って、植物型の魔物が蔓を鞭のようにしてしならせた。
「っ……、らぁぁッ」
衣服の上から生じた衝撃。
単純なレベル差か、あるいは俺の防御力が相手の攻撃力を上回ったからか。その両方か。
微々たる痛みに構わず、大鎌を薙いだ。
紙切れのように裂ける植物型の魔物。断末魔を上げながら腐食していくその姿を見て、俺は得物を降ろした。
「これであらかたの魔物は片付け終わったか……」
しかし、ほっと一息を吐く間も無く、
「まだ来るよ、ユウキくんっ」
「シャアアアッ」
「……! 七階層に入ってからずっとこんな調子だな!」
「随分と魔物が溜まってるねえ。しばらく、誰もこの迷宮に近づいてなかったんじゃないかな?」
轟音を鳴かせて白と黒の魔弾が跳ねる。
数多の魔物を貫き、跳弾を繰り返す数十の魔弾。それらの隙間を縫うように、描かれた方陣からレーザーのような砲撃が地面を駆る。
初心者御用達のダンジョンと呼ばれている通り、一体いったいの防御力は紙切れも同然で、ユズキの広範囲に渡る魔法で瞬く間に姿を減らしていった。
運よくそれらの攻撃をすり抜けた魔物が、俺へと迫る。
「定期的に間引きしないと、どこのダンジョンもこんな感じになるのか?」
「あまりにも増えすぎるとダンジョンの外に出ちゃうしね。とは言っても、魔物間での縄張り争いとか敵対意識もあるから、増えすぎるってことはなかなかないけど」
「まあなんだ、経験値稼ぐにはうってつけなワケだが……!」
魔物の攻撃を刃で受け止めながら、舌打ちする。
願ってもない状況だが、今はタイミングが悪い。
「———!」
どうしても、背後が気になってしょうがない。
魔物たちの相手をしているその隙に、醜いストーカー野郎が襲ってくるかもしれない。
その恐怖が、集中力と体力を削いでいく。
「ユウキくん、道を開けるから走って! あの向こうがボス部屋だよ!」
ユズキの砲撃が地面を抉っていく。進行方向上の魔物を薙ぎ払ってできたその道を、
「抜けるぞ——って、なに当然のごとく抱きついてきてやがる!?」
「一緒に走った方が速いでしょ? ほら走る! ボス部屋に入れば魔物も来られないし、出入り口は決まってるからストーカーの正体もわかるかもだし!」
「っ、わかったから振り落とされるなよ!」
「あいあいさーっ!」
むぎゅっと背中に押しつけられる双丘。首に絡まる細い腕とユズキの柑橘系な匂いを纏った俺は、一直線に駆け抜けた。
まるでモーゼの十戒がごとく魔物が左右に分かれたその道の奥——やがて見えてきた重厚な扉が、俺の気配に呼応して開いた。
その先へ、俺は止まることなく踏み込む。
「——あれは」
鼻がねじ切れそうなほどの腐臭と同時に飛び込んできたのは、数多の腕だった。
正確には人間の腕ではなく、魔物の腕。まるで木の枝のような様相で、しかし一般的に想像する枝とは掛け離れた質量と体積を有する腕々の墓場。
まるで引き千切られたかのように捨てられた巨大なそれらは、ミイラのように干からびたモノから真新しいモノ、さらには緑黄色の腐った血液も添えて各所に彩られていた。
戦闘の跡——というにはあまりにも荒々しく、一方的でいて残虐な爪痕。
ボス部屋に漂う死の匂い。
夜の墓場と同じ異様さのこの空間に、今し方、新たな死が積み上がる。
「——ここは」
中央。
祭壇のように積み上げられた死骸の中央で、戦闘を終えた黒フードの背中が振り返る。
「ここは、おれの縄張りだぞ——ヒューマン」
「っ!?」
振り返ったそいつは、おおよそ珍妙すぎる奇妙な出立ちをしていた。
緑色の返り血を浴びた外套の下で光る十字架。
清潔感のカケラもない神父服で肌を覆い、手には聖書ではなくボロボロに錆びた双剣。
そして何よりも異様なのが、フードの下——顔面全体を覆い隠す、不気味なペストマスク。
明らかにヤバい宗教の幹部キャラといった、悪魔とか邪神とか崇拝していそうな絶対に関わりたくない人種の
「なんだ、おまえ……人間か?」
「久しぶりの人間だな……三ヶ月ぶりか? いやもっと長いかもしれん。——そうかそうか、なるほど。我も随分とレベルの上がったことだ」
どうやらヤツは、長いことここでレベル上げをしていたようだ。
時間感覚を無くすほどの時を。
「そこらに積み上がってる魔物……全部、このダンジョンの
「無論。外のゴミ共をいくら殺したところで微々たる経験値しか入らぬからな。我に相応しいのは、この部屋で沸くボスだけよ」
「いや、
「一年……?」
困惑したのは俺だった。反対に、ペスト野郎は自慢気に胸を張った。
「基本、ボスはリスポーンに一週間相当の時間がかかるの。特に魔力濃度の低いこのダンジョンは尚さら時間がかかる」
「む?」
「だというのに、これだけの数……」
ユズキの表情が変わる。
警戒態勢から、可哀想なヤツを見る目へと変わっていく。
「概算して……六〇体くらい居るから、まあ約一年と一ヶ月くらいはここにいるってことになるんだけど」
「………」
「それだけの時間あれば、こんな低ランクのダンジョンじゃなくってほかの強力な魔物が多いダンジョンを点々としていれば、効率よくレベル上げできたのに……」
「あー……」
ようやく理解が追いついた俺は、ユズキと同じく同情の目線でペスト野郎を見つめる。
なんだ、強キャラ感出てるしヤバいヤツかと思ったが、ただの阿保か。
凄惨な惨状を目の当たりにしながら、俺たちの間に乾いた風が吹き抜けた気がした。
「……貴様、我を小馬鹿にしてるな?」
「ううん。めっちゃバカにしてる」
「なるほど——女、相当高いレベルのようだが貴様こそ、なぜこんなところにいる?」
「初対面の人間を鑑定するとか、失礼極まりないね。礼儀ってヤツを知らないのかな?」
おい待て待て。それをおまえが言うな。
「フン、生憎と食えないものは持たない趣味でな。身軽な方がいいんだよ。いかにもヘラってそうなおまえと違って」
「なっ——だ、誰がヘラってるよ重いってのよっ!?」
いいぞ、もっと言え。
「ユウキくんはどっちの味方なの?!」
「もちろんおまえの味方だ」
「だよね?! だよね!? ならこっちの味方してよ!」
「メンヘラって件については同意せざるを得ない」
さらに言うと、ビッチって単語も付け加えて欲しい。
「ユズキにユウキ……ファンタジー感の欠片もない名前だな。貴様ら、本当に異世界人か?」
「「………」」
フリーズする俺とユズキ。
こいつ、今なんて言った?
「まあいい。ともかく、ユウキとやら。構えろよ」
「——は?」
まだこちらの思考がまとまってねえってのに、ヤツは意味のわからないこと宣いながら双剣を構えた。
刹那——大部屋を満たす凄絶な殺気。
つい先程までの緩んだ空気が嘘のように一変し、
「——瞬き一つでもしていたのなら、貴様の首は今頃——」
「っ!?」
「そこの床に転がっていただろうよ」
ひんやりと伝わってくる刃の冷たさ。
すんでのところで防いだ一撃は、こいつの言った通り瞬きの一瞬で放たれた。
ほぼ反射と言っていい。経験やレベル補正が微妙にでも足りなかったら、俺は——
「まずは土俵入りを祝福しよう。さあ、ついて来い」
「……おいおい」
再び目の前から掻き消えたペスト野郎。
あのオーガよりも俊敏な動きをみせるヤツに、俺は身震いと共に大鎌を構えた。
「なんで死なねえんだよ」
シスフェリアと刃を交えたというのに。
彼女の効力が消えた? あるいは、なんらかの条件があるのか。
ペスト野郎はピンピンとして四方の壁、床、天井を駆け回っている。
「ユウキくん、手伝おっか?」
「そこで見てろ」
「でも、震えてるよ……?」
「バカ言うなよ」
俺は、今とても嬉しいんだ。
「ユウキくん……顔、こわ♡」
うるせえ。おまえの顔も大概にエロいぞ。
「余所見するな。隙だらけだぞ」
「ご丁寧にどうも」
頭上より猛進する刃の乱れ咲き——回避不可能なそれを、真正面から迎え撃つ。
「チッ——」
「くっ——」
複数の斬撃を喰らう。代償に、こちらの斬撃もペスト野郎に叩きつけてやった。
互いに鮮血を撒き散らしながら距離を保ち、ほぼ同時に地を踏み込む。
「っらああァァァ——ッ!!」
「はぁぁぁッッ!!」
咆哮とともに繰り出された互いの一撃は、しかし——重なるその前に固まった。
「「!?」」
俺とペスト野郎の視線が一点を向く。
そこに在るのは、
つい先程、ここを縄張りにしていたペスト野郎が倒したばかりのボス。
巨大な樹木の様相を呈した魔物……息を引き取ったはずのそれに、何かが覆い被さっていた。
影——としか形容できないそれは、瞬く間に魔物の体内へ入っていく。
……見間違いか?
一瞬の出来事だったが、次の瞬間にはその考えも吹き飛んだ。
『お、おおお、悪怨おおおお怨おお……ぉぉ……ぉぉぉぉおお』
「「「!!?」」」
死骸が、動き始めた——。
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