010.5 後輩思い
「——行ったか、あいつら。そんじゃま、こっちもとっとと終わらせちまうか」
激しさを増す雨足のなか、自称フリーの盗賊ウユカは積み上げた死体のうえで笑う。
「ということで、だ。もう諦めたらどうだ? なんだっけ……伝説的白人ラッパーの……」
「——エミネミ、だ……いい加減、覚えてもらおうか……っ」
屍の塔から見下ろした先にいるのは、膝をついた一人の騎士。
周囲にて死に伏す騎士たちとは違い、森の闇に溶け込むような黒色の甲冑を纏い、杖のようにして体重を預ける剣もまた、極黒の業物。
第一級魔人、エミネミ。『Lv.480』。
第二位魔王ディアリスを主とした魔人にして、直轄騎士部隊アルマ・ラーマの二番隊隊長を任せられた豪傑。
物心ついた頃から戦争孤児として彷徨い、ある出会いをきっかけに騎士となったエミネミは、凄絶な努力を重ね、今の地位まで上り詰めた。
素質もあった。才能もあった。だが、それ以上に信念が強かった。
特級魔人には及ばないものの、それでも一級の中ではずば抜けた強さを誇っていたエミネミは、今——はちきれんばかりの憎悪を己とヤツに向けていた。
「そうそう。そんな名前のくせによ、堅物っぽいんだよなあ。生き辛くねえの? もっとこう、はしゃいでみろよ。姫様万歳、強敵最高、敵の敵は味方ってな具合で。ほら、笑えや踊れ、この世はノリが全てだぜ?」
平均レベル300の部下たちを全滅させられ、おめおめと己は生き恥を晒している。
この——男に。
たった一人の、ふざけた風体の男に。
「ふざけるな……何がノリだ。何が、笑えだ。部下を殺され、その上足蹴にされ、腰を降ろされて……! 笑う馬鹿がどこにいる!?」
「ははっ、上司として失格ってか?」
「貴様を殺さなくては、姫様に合わせる顔がないし部下を弔うこともできん。何がなんでも貴様を殺す……たとえ、刺し違えても」
「へえへえ。そりゃご立派なこって。だからってまだやるのかい? おめおめと帰れねえからって? 馬鹿だねえ。万全の状態で無理だったくせに、そんなズタボロの状態で俺に勝てるって? ——笑かすなよ。いや、マジ笑えるんだからタチが悪りぃ」
極寒のごとく凍てついた殺意を受けて、飄々と笑い転げるウユカ。
どこからどう見ても隙だらけ。そこらへんにいるゴロツキと大して変わらない、はっきり言って強者としての風格も何もない人間種。
しかし、いやだからこそというべきか。
どこにも隙がない。正確には、攻撃を加えた瞬間には、この首が飛ぶ。
嬉々として笑うウユカの視線。
エミネミの経験値が語っている。
あれは、擬態だと。
肉を切らせて骨を断つように、甘い蜜を垂れ流し獲物を誘う人喰い花……あれはその類だと。
故に、我らはこのような失態を起こしたのだと、エミネミは兜の奥で唇を噛む。
「んまあ、俺としては別にどっちでもいいんだよ。ここいらでズラかるのもよし、おまえらアルマ・ラーマを潰してもよし、逆に放置するのもよし。どれを選んでも俺に害はないどころかどう転んだって敗北の布石にすらならねえ」
おまえ程度の魔人は眼中にない——遠回しにふっかけられた真意に、エミネミは舌を噛み切ってしまいそうなほどの怒りに襲われた。
「けど、お膳立てくらいはしてやりたいと思うのも先輩の務めっていうか?
「貴様、さっきから何わけのわからんことを……!」
「ああ、要はおまえ、後輩の経験値になれってこと」
「———」
さらっと言われた養分発言に、エミネミは今度こそ怒りを抑えられなかった。
死んでも構わん。いやむしろどうせ殺されるのなら。
自分の意思で、自分の選んだ道で死にたい。
故に足を奮い立たせ、地に突き刺した魔剣を引き抜いて、咆哮と共に踏みしめたその時。
「おいおい、言っただろう? 敵の敵は味方って」
「っ——」
「しばらくそいつらの相手でもしててくれよ。今のおまえなら、接戦くらいにはなると思うぜ」
複数の気配が取り囲むように近づいてくる。
「だから、なあ」
のっそりと、緩慢な動きはまるで虫のようだが、その数が異常だった。
十、二十、五十、いや百を超える気配が、索敵範囲内へと侵入してくる。
「悪いが、おまえは今から、あいつが苦し紛れにでも勝てる程度の焼き加減にまで、落ちてもらうぜ?」
「……なんだ、この数は。魔物か? いや——貴様、いったい何に手を出した?」
「ハん、バーロー。魔王さまの宝物庫に忍び込むんだぜ? 保険くらいかけとくっての」
「保険だと……?」
「鬼を切るなら鬼に、ミイラ取りがミイラに。その理屈に則って、魔王には魔王をぶつけるっつう——いやまあ? 結果、こっちに誘き寄せちまったら元も子もないっていうか……。おい、頼むから他言無用な? こんなの、お偉いさんにでも知られたら俺、死刑だわ」
「どこまでもふざけおって貴様——ッ!!!」
ようやく視界に現れたそれらの面々を見て、エミネミは叫ぶ。
ふざけるな、ふざけるな。
騎士としての精神が唾を吐く。
冒涜など甚だしい。そんな生ぬるい言葉では、この異端どもを責めきれない。
戦場に死を置く騎士にとって大敵とも呼べるそれらは、まっすぐとこちらへ這い寄ってくる。
「ハハ、まあその尻拭いを頼むわ。んで、いい感じに弱ったところをあいつに食わせりゃ、そこそこレベルアップできるだろ。ヤッベ、俺ってばちょー後輩思いの先輩じゃんか。
——そういうワケで、だ」
「……っ」
まただ。
視界から、ウユカの気配が消失していく。
薄くうすく、目の前にいるはずなのにどこにもいない。
目で追えない速度で逃げたとか、転移魔法を使ったとかそういうちゃちなものではない。
卓越した気配遮断のスキル。
いったいどれだけの熟練度を上げれば、その域に到達するのか。
空気と化したウユカの声が四方から響く。
反響したその声は、三六〇度からエミネミを嘲笑い、位置を悟らせない。
「間違っても噛まれるなよ。知っての通り、そいつらに噛まれると——」
「貴様の思い通りになると思うなよ」
「おお、こわ。まあいいさ、好きに暴れてみろよ。これより二週間、ここ一帯は
「き——貴様ぁぁぁッ!!」
切り離される。
一瞬の眩い光の後、この森林一帯は別世界へと切り離された。
残されたのは、高く積み上げられた部下たちの屍と——
「絶対に許さん……絶対にだ。貴様の思い通りにはさせんしならんぞ、絶対に——!!」
膨れ上がる怒りを魔力に変えて、魔剣を握りしめる。
頭が割れそうなほどの怒り。身も心も熱く捻り込まれたかのような憎悪を咆えて、黒騎士は迫るそれらに斬りかかった。
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