026 敗走

 ここで死力を尽くす。

 限界など突き破ってみせろ。


 逃がしはしない。必ず仕留めてやる。

 たとえ勝機など見出せなくとも。

 

 誰のためではなく、俺の為に。

 

 凄絶な痛みを大鎌の一閃に乗せて、第三位魔王アドルフォリーゼに放った。



「あああああああッッ!!!!」


「そう、振り切りなさい。どう足掻いたって勝てないんだから、覚悟と眼力で威殺して魅せなさい。それが、この世界で生き残る秘訣よ」



 間違いなく過去最高であろう渾身の一撃は、しかしアドルフォリーゼの人差し指で止められた。暴発する斬圧などもろともせず、目を細めることなく魔王は押し返してみせた。瞬間、先同様に俺の体は螺旋し数キロ先を吹っ飛んだ。


 もはや町に原型などなく、広がった荒野の一点に埋まった俺の腹上で、アドルフォリーゼは腰を下ろす。


 

「おかしいわね。ふふ、おもしろい。何度やっても殺せない」


「がぅッ——!!」



 撫でるように人差し指が俺の胸をなぞった。もはや許容できない痛みを乗せて、背にした大地が地割れを引き起こしす。



「外されてる……? ただ単に頑丈なだけじゃないのね」


「ッ、らぁぁぁッッ!!」


「そしてこの斬撃……そう。そういうスキルなのね」



 共に地割れの底へ落下しながら、大鎌を指先一つでいなすアドルフォリーゼ。何やら納得したような顔で笑うと、俺の反応スピードを軽く上回った速度で額に指が置かれた。


 抵抗もできず、首の骨を粉々にされながら弾かれた俺は、断層に埋もれながら宿地を発動。アドルフォリーゼの目前まで飛んだ俺は、首を刎ねる必殺のラインに大鎌を滑らせる。



「隙を見出す、いや創り出すスキルってところかしら」


「——死ねッ」


「その応用で、隙を突かせない、あるいは逸らす。致命打を避け、逆に相手には隙を創り出して必殺を狙う。攻守ともに優れたスキル——だけれど」



 固有スキル『第末那識アル・フルカーン』の詳細を簡単に言い当ててみせたアドルフォリーゼは、艶めかしく熱い吐息を吐いた。



「それを使いこなすスペックが足りないわ」


「ぐぅぁっ、ぅぅぅお———ッ」



 真下から吹き荒ぶ千刃の渦。

 突如として発生したそれに飲み込まれ、全身を余すことなくズタズタに引き裂かれながら俺は地上に帰還した。


 ボロ雑巾のように地面をのたうち回る俺へ、アドルフォリーゼは愉快そうに言う。



「技量が薄い。経験も足りない。格上を相手取るためのスキルも、基礎を埋めるためのレベルも足りない。ないものばかり」


「ち、くしょ……っ」


「だからもっと強く焦がれなさい。私を想って、強くなって。ねえ、他の誰でもない。貴方だから私はこうして——ああ、もう。どうして邪魔ばかり」



 そこで、初めてアルドフォリーゼは苛立たし気に前髪をかき上げた。それと同時に、地面を強く踏みしめる音——ゾッとするほどの、濃厚な魔力。



「その人から離れて」



 空気を揺るがして流転する黒白の波動。尋常ではない殺意と魔力の込められたソレは、しかしアルドフォリーゼの一瞥で霧散した。


 ただの視線で、あの密度の魔法を打ち消しただと?


 呆然とする俺の視界の隅で、黒い影が横切った。薄汚れた神父服がなびき、両手には錆びた双剣。不気味なペストマスクで表情を隠した男が、アドルフォリーゼへ肉薄した。



「生きて、たのか……!」


 

 黒騎士にやられたとばかり思っていたが、どうやら見た目以上に頑丈なようだ。



「二刀我流・十字斬りィィィッ!!」

 

「失せなさい」



 十字斬り、という名ばかりの上段斬りは、アドルフォリーゼの小指によって阻まれ、



「が、は——」



 数十倍の威力で押し返された聖十郎は、瞬く間に消えた。

 この場から。


 今度こそ死んだ——勇敢な戦士を弔う暇なく、闇雲あんうんが彼方より轟いた。



「——闇雲星・凶鳴の王シュワルツシルト・コラプサー


「——焼き焦がせフランメ



 直進する漆黒の螺旋。黒騎士の保有する魔剣の一振りは、しかし爆ぜ舞う炎に相殺された。



「チッ……初級魔法の、しかも一章節で魔剣の一撃を防ぐか。噂に聞くバケモノだな、やはり」


「あら、あなた。どうして私に刃を向けるの? これでも同胞じゃない」


「馬鹿を言うな。魔人も人間も無差別に荒らし回った悪霊風情が同胞を気取るなよ。あまつさえ私の獲物を横から奪った罪は重い」


「ふぅん。相変わらず、ディアリスのとこは教育がしっかり行き届きすぎてうんざりね。まるで教師育成機関みたい」


「我が主のことをそれ以上愚弄するなよ、かまってちゃんの男狂いが」


「……、それを言われちゃうと耳が痛いわね。できるならディアリスとは仲良くしたいんだけど——」



 続く言葉は、紅の暴威が遮った。



風よヴィント舞い上がれシュトゥルム——」


「■■■……ッ!!!」


「——高くシュタイゲン



 上空より、ユズキと共に転移してきたオーガが丸太を振り上げる。瞬間、詠唱を終えたユズキの強烈な風魔法がオーガの背を突き飛ばした。


 それはさながら地上に堕ちる紅の彗星。


 態勢を崩すことなく、眼前にアドルフォリーゼを捉えたオーガの一撃が迸る。



「いつの時代も歪みモノは飽きさせないわ」


「■■!?」



 標的を目前にして、あと一歩届かない。

 まるでそこに壁があるかのように、オーガの一撃は見えない何かに阻まれていた。


 強烈な一撃だったことを示すかのように余波が地面をめくれ上がらせ、しかしアドルフォリーゼには傷一つついていない。



火の手を上げろプエスタ——」


火の手を上げろプエスタ——」


 

 高まる熱量の渦。灰色の空を背に、手を頭上に掲げたユズキが鬼の形相で詠う。対して、魔王は嘲笑うかのように同じ詠唱を唄った。


 

宵を照らせデルあの星のようにソルッ!!」


宵を照らせデルあの星のようにソル



 天上と地上より、放たれた同系統同種の火炎魔法は、その中間地点で喰らい合うように鬩ぎ合う。しかし、拮抗していたのはたったの一瞬。


 アドルフォリーゼの放った魔炎が、濁流のごとくユズキの炎を呑み込んだ。またそれで終わるはずがなく、勢いを殺さぬままユズキへ迫る——だが、



「これで——」


「——しまいだッ」


「———!?」



 瞬間、出現した二つの転移陣より——


 アドルフォリーゼを挟むようにして、黒騎士と聖十郎が剣戟を振るった。

 狙うは首。

 回避不能な、その圧倒的奇襲を前に第三位魔王は——嗤って刃を受け入れた。



「……な、に……ッ!?」


「くそ……ッ、あり得るのか、こんなことが……ッ」



 前後より振り抜かれた一閃は、アドルフォリーゼに直撃した。しかし、それぞれの刃は首に押し当てられたまま、動かない。



「残念。惜しかったわね。初邂逅でここまで攻められたのは初めてよ。本当に、賞賛してあげる。でも——」


「「!?」」


「これは授業料だと思って喰らいなさい」



 それぞれの額に向けて放たれたのは、デコピンだった。

 ただし、その威力は推して知るべし。

 消失するかのように二人は掻き消え……


 後に残ったのは、天から墜落したユズキと、動けず見ているだけしかできない俺。そして——



「■■■ッ!!!」


「ふふ、ええ。もちろん、貴方にも喰らわせてあげる」


「■■ッ!!」


「勇敢なオーガさん」


「———」


「生きていたら、また会いましょう」



 同じく、魔王の一振りで掻き消えたオーガ。


 これで、この場に残ったのは俺とユズキだけだった。



「ゆ……う、き……くん」


「ユズキ……逃げろ」


「い、しょに……逃げ、よ……」


「っ、バカ、俺はいいから逃げろ……ッ!」



 地面を這いながら、俺へと手を伸ばすユズキ。その痛ましい姿に、俺は顔を歪めながら手を伸ばした。


 馬鹿野郎。一人なら逃げ切ることだってできるはずなのに。


 どうして俺に、そこまで固執してやがんだよ……!



「逃げろ、逃げてくれ……逃げろ頼む……ッ」


「わたしが、まもって……あげるから……」


「ふざけんな……おまえなんかに守られて、俺は嬉しくねえぞ!」


「でも……それでも」



 あと少し。


 あと少しと、指を伸ばす。


 ユズキは、泥と血に濡れた顔で、笑った。



「わたしは、あなたが——」



 一瞬、触れた指。体温を感じる暇もなく、ユズキは消えた。


 魔王の蹴りで。


 

「あ———」


「恋人ごっことかやめてくれる? 反吐が出るわ」

 


 後少しで、掴めたのに。

 


「さて、気を取り直して……ユウキくん」


 

 俺は、いったい何してやがる。



「……っ。はぁ……っ、魔王の特別レッスン……受けてくれるわよね?」



 気が狂いそうなほどの怒りを抱え、それでも無力な俺は、ただ蓄えることしかできなかった。


 蓄えて、重ねて。


 刃を鋭く磨き、膨れ上がらせる。



「相当溜まってる……? 一億年ぶりだから、ちょっとドキドキしちゃうわね」



 こいつは絶対、俺が殺す。



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