014 四凶
「――大変だったねえ、ユウキくん」
アモンのおっちゃんに誘われ、俺とユズキは酒場にやってきていた。
ほぼ冒険者で貸し切られたその酒場は、よく漫画やアニメなんかで目にする宴のように、大いに賑わっていた。
見ているだけで楽しいそんな空間で、俺はおっちゃんにこれまでの経緯を話す。
気がつくと森の中で眠っていたこと。シスフェリアを受け取ったこと。魔族に襲われたこと。ユズキに助けられ、オーガと死闘を繰り広げたこと。
だいたい一時間くらいかけて、酒を飲み交わしながらおっちゃんに話を聞いてもらった。
「魔族と、魔族が狙う猛毒の鎌……か」
ジョッキを空にしたおっちゃんが、眉根を寄せる。
「ユウキくん。オレはね、結構本を読むのが好きなんだ」
「そうなのか? 意外だな」
俺とおっちゃんの間にもはや溝はなかった。故に敬語などといった無粋なものは取っ払われ、フレンドリーに俺たちは接している。
「よく言われるよ。昔は勉強をしてこなかったからね、最近になって知識欲っていうのかな。そういうのが芽生えてきたから、週二で図書館に通うことにしている。かれこれ、もう六年は続いている趣味だ」
ウェイトレスがジョッキを交換し、おっさんは新しい麦酒を一口で半分ほど喉に流し込んだ。
「まず、いくつかだがオレにでもわかることがあった」
「本当か? 教えてくれると助かるぜ」
「もちろんだとも。きみには借りがいくつもあるからね」
言って、しかしおっちゃんは俺からスッと隣に視線をずらした。
追って見ると、そこにはテーブルに突っ伏したユズキの姿があった。
苦笑するアモンのおっちゃんは、
「いいのかい? ユズキちゃんは」
「いいんだよ、こいつは。なんなら誰かに持って帰らせたほうがいい」
「きみたちは付き合ってるんじゃないのかい?」
「まさか。俺、年下に興味ないんで」
俺の言葉を聞いた男連中が、寄ってたかってユズキに集まり出した。
一回りも二回りも年上のオヤジ連中が、女子高生に群がる姿は抜きゲーの如く。
しかし、
「「「ぎゃヒイィぃぃぃぃぃぃッッッ!!?」」」
ユズキに触れた刹那、周囲のオヤジを巻き込んで電流が走った。
隣にいた俺にも巻き添えを喰らったが、そこは単純な力量で電流を振り払う。
「そういえば、対策は基本中の基本つってたな……」
「凄まじいなあ、一瞬で暴漢連中が沈んでいった」
酒場にいた八割がユズキのカウンターをもらい、床に突っ伏している。悲惨な光景だったが、自業自得だからしょうがない。
「……ユズキちゃんのレベルは100前後って言ってたか?」
「ああ。けど、オーガ戦の時に随分と魔物狩ってたからな……今はもっと上だと思うぞ」
「おそらくユウキくんが思っている以上にレベルは上だと思うな。そこの一帯に転がってる連中はB級冒険者……レベル200前後だから」
「俺とほぼ同じか」
「
「褒めすぎだぜ、おっちゃん」
気恥ずかしい思いを隠しながら、麦酒を傾ける。
酒を飲んだのはきょうが初めてだった。
ボクシングの試合で、強烈なパンチをもらった後のようなグラグラとする視界だが、悪くはない。
「
「そうなのか?」
「過去の勇者や、偉人たちに
「難しい話はわかんねーけど、たぶんこっちの世界の人たちよりかは理屈を知っているからじゃないか?」
「理屈?」
「理屈って言葉を使っといてあれなんだが、なんていうか……」
おそらく、こっち側にいる人間とそうではない……彼らからする
例えば、高度な文明だったりサブカルチャーだったり。
ゲームや漫画、アニメに通じていれば効率よくレベルだって上げられるし、これはマズいとかこれはイケるとか、取りこぼしてしまいそうなチャンスをうまく繋いでいける知識がある。
そして何よりも、おっちゃんの言っていた〝熱量〟が特出している。
「楽しいの究極を、俺たち異世界人はこの世界に見出している」
「楽しいの究極……?」
「向こうの世界、楽しくねーって俯いてるヤツがスッゲーいるんだよ。それに比べたら、こっちは夢のような世界だから」
なんたって、物語の向こう側なのだから。
ましてや、この地に立っているだけで主人公は自分なのだと、いやでも思い知らされるのだから尚更。
「この
「きみたちの世界は、この世界が楽しいと思えるほど過酷なのかい?」
「いいや、どうだろう。戦争はあるけど、紙一重で平和な国だってたくさんある。虫一匹殺せないような甘ちゃんもそこら中にいるし、つまらねーことで悩んで死ぬバカもごまんといるよ。まあ、そいつにとってその悩みは、宇宙が滅びるって一大事よりも大きいことなのかもしれねえけど」
魔物はいないし、オーガと相対して味わった恐怖感やら目眩やらは、普通に生きていれば味わうことはないだろう。
「こっちほど過酷ってわけじゃないけど、向こうには向こうなりにめんどくさいことがたくさんあるんだ。だからこそ、逃げ出したい。ほかの世界に行きたい。生まれてくる世界を間違えたんだって本気で思ってる」
だからこそ、夢のような展開が現実で起きてしまったら。
「生まれ変わったみたいに、頑張れるんじゃねえのかな」
「なるほど」
アモンのおっちゃんは、空になったジョッキをテーブルの上に置いた。
「……
「窮奇の……フーゴ?」
「〝どうしたって届かないと思っていた
「い、いや……まさか、な……」
海を背景にフラッシュバックする後ろ姿。
ゆっくりと振り返った青年が、にへらと笑う。
『待ちくたびれたぞ、ユウキ――やっと来たか』
「――ユウキくん、どうしたんだい? そんな顔をして」
「―――」
一体自分がどんな顔をしていたのかはわからないが、おっちゃんはどこか引き攣った顔で俺を見ていた。
「あ、いや……そのフーゴってのは、どういったヤツなんだ?」
「まず四凶っていう、どこの国にも属さず、魔王すら寄せ付けない強さを誇る四人の人物の通称があってね」
四皇みたいでかっけえなそれ。
そいつら全員俺がぶっ倒すとか宣言してもいいだろうか。
「王国規模の配下に奪い取ったいくつもの縄張り、独自の文化や自由を共有したその様相はまさに一つの国として成り立っている。――こう言っちゃ悪いけど、簡単に説明するとしたら盗賊の究極系、みたいな」
「へえ……」
盗賊、というとフリーの盗賊が脳裏にチラつくが、おそらくヤツは関係ないだろう。
「中でもフーゴさんは新参の四凶で、五年前に旧四凶〝虚空のルミカ〟を打ち破って今の座を勝ち取ったんだ。激戦だったみたいでね、オレは見ていないんだが、言い伝えによると山が吹き飛んだとか割れた海の向こうで決着がついたとかなんとか」
「マジか、強そうだなそいつら」
「強そうっていうか、めちゃくちゃに強い。フーゴさんは特に伝説を多く残していて、最近だと建国したっていう報もある」
「建国?」
「各国から奪い取った
「なんか頭が追いつかないぞ」
酔っ払ってきたのだろうか。段々と理解できなくなってきた。
「そもそも、どうしてそこまで詳しいんだ?」
「フーゴさんから招待状が届いたんだ。建国祝いの大宴をやるから来ないかって。――昔、彼を助けたことがあってね。その時はまだ四凶じゃなかったんだが、当時の縁をフーゴさんは大切にしてくれているみたいで。たまに手紙のやり取りをしているんだよ」
「そりゃあ……いいヤツ……なんだな」
「驕らないっていうか、自由気ままっていうか。やりたいと思ったことはなんでもやる。そこに躊躇いはないし勝算も気にしないしどうでもいいって感じでね。オレより一回りも年下なのに……」
「……、」
急激な眠気が襲ってきた。瞼が重い。おっちゃんの声も、段々と遠くなってきた――
「ユウキくん、きみさえよければ一緒に行ってみないか? 冒険者登録するために一度王都に行くんだろう? 五日後に王都へ出発して、それから――って、大丈夫かいユウキくん?」
「――あれぇユウキくん? 寝落ちしちゃったのぉ? まったくもう、仕方のない人だなあ♡」
「あ、あれ、寝てたんじゃなかったのかいユズキちゃ――」
「おじ様ぁ? ユズキ、これからユウキくんをお持ち帰り――じゃなくって、お持ち帰りするのでまた明日!」
「あ、ああ……気をつけて……」
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