015 出発

「ぎゃああああああああああああっっっ!!?」



 早朝――隣に眠るユズキの裸体を見て絶叫する俺。


 一枚のシーツから垣間見える素肌。

 押しつぶされた豊満な胸。

 雨水のように広がる長い髪から香った、わずかな汗の匂い。



「もしかして……もしかして、俺……ヤっちまったのか……?」


「ん、ぅ……♡」



 記憶がない。しかし、ベッドの周囲に散乱する衣類やお互いに裸だという状況から鑑みるに、この女とヤってしまったとみて間違いないだろう。



「そん、な……ちくしょう……こんな状況だというのに俺の息子は——ギンギンだ……」



 こんな状況だからこそ、だろうか。


 

「……仕方がない。こいつに責任をとってもらおう」


「んにゅ……?」


「手ぇ出さないって決めてたんだが、一度ヤってしまったのなら覚悟を決めよう」



 『付き合うつもりはない』から、『体だけの関係』で。


 借金返済したらすぐに逃げよう。


 『モテる男』の辛い『選択』だな。



「俺をその気にさせたんだ。責任はおまえが取れよ、ユズキ」


「う、んぅ……♡」


「覚悟はいいか? 俺はできてる」



 血走った形相でユズキの体へ手を伸ばし、寝てるのか寝たふりをしているのかわからないユズキシーツを引き剥がそうとして——



「………」


「………っ」



 目が合った。


 誰と?


 紫色の瞳と。



「……い、いや、これはちが――」


「……しないの?」


「しませんっ!!」



 じーっと、無機質な瞳を湛えてベッドの傍に立っていたシスフェリア。

 

 俺の息子は彼女の視線にあてられて、萎んでいく。同時に、軽い罪悪感が胸をついた。



「してもいいよ」


「いや、浮気は良くないよな」


「興味ある」


「彼女がいるのに、他の女ってのもなあ」


「私は構わない」


「彼女が大好きなんだけどなあっ!?」


「彼女?」



 俺の中ではもう、あなたは俺の彼女なんです。


 頭上に疑問符を浮かべてらっしゃるシスフェリアに背を向けて、俺は散らばった衣服を身につける。



「と、ところで、シスフェリア。もしかして全部見てたのか?」


「全部?」


「悪いんだけど、俺記憶なくてさ……おっちゃんと四凶の話をしてたあたりは覚えてるんだが……」


「ユズキにお持ち帰りされてた」


「俺が持ち帰ってなくてよかった……」


「ユズキに服を脱がされて」


「ふむ」


「ベッドに一緒に入った」


「ふむ」


「それだけ」


「それだけ?」


「ふむ」



 俺の真似をして腕を組むシスフェリア。


 

「……え、それだけ?」


「それだけ」


「何もしてないの?」


「何かしたの?」


「いや、何も……わからないです」


「ユズキは舐めてた」


「何をっ!?」


「アイスクリーム」


「はあ……」



 若干の落胆を感じたが、兎にも角にも、俺とユズキの間に不純な縁は繋がれていないようで安心した。


 

「シスフェリア、一旦外に出ようぜ」


「ん」



 腹も減ったし、この部屋はなんだか甘ったるい。


 ユズキを変な目で見てしまう前に、俺の息子が再臨してしまう前に、俺はシスフェリアを連れて宿を出た。





「――んもぅ、置いていくなんてひどいよユウキくぅんっ」



 朝食を済ませ、ぶらぶらと町を歩くこと一時間。


 いつものフリフリに着替えたユズキが、馬車よりも速く俺の元へ到達した。


 御者の爺さんも目を剥く速度だった。



「お、おう……おはよう」


「なに気まずくなってんのぉ? もしかして意識してるぅ?」


「してねえよ!」



 ちくしょう。どうしてきょうに限って胸元あいてるんだよ。そっちにしか目がいかねえ!



「ユウキくん、わたしの裸体見て興奮したあ?」


「してねえよ」


「もしかして、下着の方にスハスハした?」


「するわけねえだろ」



 しかもスハスハってなんだよ。



「ぼよーん」


「人前で胸を揺らすのやめろ!」


「あん、ユズキちょっと跳躍しただけなのにぃ♡」


「そのビッチキャラやめてくれ!!」



 俺のメンタルだったりHPだったりSAN値だったりが限りなくゼロに近いところまで下がっていた。


 ちなみに、ゼロを超えると通りすがりのおばちゃんにも興奮できる。もはや誰でもいい状態に突入するので、その前にどこかで発散したいのだが……。



「おーい、ユウキくん! ユズキちゃん!」


「アモンのおっちゃん! 昨日は悪かったな、先に寝ちまって」



 複数の冒険者を引き連れて、アモンのおっちゃんがやってきた。


 その大半が、ユズキの顔を見て顔面を蒼白に、あるいはビクビクと股間部分を反応させている者がいたが、すぐさま記憶から抹消した。



「いやあ、こちらこそつまらない話を長々と」


「そんなことねえよ。めっちゃ勉強になった。それに、フーゴにも会っておきたいし」


「本当かい? それはよかった。確か、これからダンジョンに入るんだよね? 四日後までには帰ってこられそうかい?」


「どうなんだよ、ユズキ?」


「余裕。二、三日で帰ってこられるよ。そこまでおおきいダンジョンじゃないし、魔物もよわっちいから」


「それならよかった。四日後に救援組を乗せた馬車が出る。ユウキくんたちもそれに乗っていけば王都に半日で着くし、フーゴさんの建国祭にもそれで間に合う」


「フーゴ……四凶のフーゴ?」


「なんだおまえ、俺らの話聞いてなかったのか?」


「うん。寝てたからね」



 なんだか白々しいが、深掘りする気はないので話を戻す。



「んじゃ、とっとと行って踏破してくるか」


「あまり油断しすぎちゃダメだよ、ダンジョンは生きてるんだからっ」


「へいへい」



 しかし、ダンジョンか。


 異世界系の醍醐味だよな。


 経験値稼ぎに秘宝探し、スケルトン転生なんかも憧れるよな。


 ……いや、最後のは死んでるか。



「そうそう、ユウキくんに渡しておきたいものがあってね」


「ん? なんだ?」


「昨日の話の続きだよ。四凶の話をする前の、本題。昨日、ユウキくんたちが帰った後にまとめておいた。時間がある時にでも見てくれ」


「マジかおっちゃん! 助かるよ」



 おっちゃんから渡された数枚の羊皮紙。チラッと見てみると、見たことのない文字の羅列だったが……



「問題なく読める……な」


「きみの知りたいことについてかどうかはわからないが、すこしでも役に立てたらうれしい」


「いやいや、十分すぎるぜおっちゃん。マジで助かる」


「もっとゆっくり話せる時間があればいいんだけが、お互いいつ逝っちまうかわからない仕事だろ? だから、伝えたいことはすぐに伝えるようにしてるんだ。ユウキくんは強いから、そう簡単に死なないだろうけど、俺はもう歳だからな」


「バカみてえなこと言うなよ。おっちゃんがピンチになったら、俺がすぐ助けに行ってやる」


「それは頼もしいよ」



 言って、おっちゃんは一瞬浮かべた不安顔をニカッと釣り上げ踵を返した。



「ユウキくんの言葉は、この例えようのない不安を掻き消してくれる光だ。ダンジョンから帰ってきたら、また一緒に飲もう」



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る