001 夢/現
「黒……縞模様?」
つるっと、雫が這う太ももの肉感がたまらなく愛おしかった。
どうも、十八歳になりました。赤城ユウキです。
趣味はボクシング。好きなAVはNTRもので、年上のお姉さんで可愛ければ誰でもいい年頃です。
——じゃなくて。
「あ、え、っと……」
目覚めて一番はじめに視えた光景があまりにもショッキング過ぎて、思わず自己紹介してしまった。
しかし、これはなんだろう。いや、訊かなくても考えなくてもわかる。
これは、パンツだ。
だってほら、縞模様だし。布切れだし。ほらほら、割れ目だってある。
さらに下へしたへ視線をずらしてみると、艶かしい食感——ではなく質感? 肉感? まあどっちでもいいんだけど、太ももから伸びた足が見えてきました。黒色のソックスですね。可愛らしい茶色のローファーまで履いております。このパンツさん。
では、解像度をすこし上げてみましょう。
全体的にパンツさんはパンツさんで、それがパンツなら履物であって、
パンツさんの使用者が可愛いかかわいくないかで、今後のテンションは変わってしまうのです。頼む、かわいい子であれ。ていうかこのパンツと太ももならかわいいはず。いやかわいい子であれよ。
「………」
「……あらやだ、可愛いわね」
「やっと逃避から帰ってきた」
俺の現実逃避が終わるのを待っていたのか、しゃがんで俺を見下ろすメイドさん——もとい美少女パンツさん。
滝行の帰りですと言わんばかりにずぶ濡れメイドおパンツさんは、感情の一切がみえない瞳で俺に言った。
「寒くないの?」
「それはこっちの
むしろ恥ずかしくないのかよ。
恥じらいもなく、スカートの中身を俺に見せつけて。間違いなく今夜のオカズだろ。
「しっかし……どこだぁ、ここ? 俺ぁ、いつの間に外で寝てんだ。酔っ払ったか?」
「憶えてないの?」
「憶えてない。ってか、めずらしい髪色だな。紫? 染めたのか? それにしても鮮やかだな」
「もとからこの色だから、わからない」
「へえ。生まれつき茶髪ならよく見るが、紫ねえ……」
起き上がった俺は、宝石がねじ込まれたような瞳と目を合わせる。
どこか人形じみて精気の欠片もない彼女は、やはり俺が抱いた印象を裏付けるかのように抑揚のない蒼白で言った。
「あなたはどこから来たの?」
「どこって、まずここどこだ? って、スマホもねえ。どっか落としたか……」
「スマホ?」
「おう。姉ちゃん、ブラのホック透けて見えてるぜ?」
「そう。いつもよ」
「できれば俺の彼女になってください。お願いします」
「いいよ」
「マジか!」
と、冗談はさておき。
「どうしてこんなところで寝てたんだ……?」
「十分くらい寝てた」
「あー、でもそんくらいの時間か。そんくらいの時間で……試合会場から、こんな大自然に?」
木、木、木木木―――。
そこそこ都会に住んでいた俺の行動範囲に、森と形容できるほどの木々はない。
それにしても冷たい雰囲気だ。
ちょこちょこと降っている小雨の冷たさだけではない気がする。
「まさかまさかの……異世界だったりしてな?」
とりあえず体を確認してみる。
何かの拍子でスライムとかゴブリンに転生していたらやりきれない。ゴブリンならともかく、スライムとかどうやって繁殖するんだよ。
「異世界?」
「そう、異世界転生。いやこの場合、転移か? まあともかく、俺、
なんてことはない。いつもの軽いノリで、目の前の女の頬に触れようとしたその時。俺のもう片方の手が、それを押さえつけた。
まるで気安く触れるなと言わんばかりに。
俺自身の理性が、触れることを拒んだ。
「——名前、教えてくれないか?」
ただ、名前を聞くだけなのに、どうしてこうも動悸が激しくなるのだろう。
はじめての行為じゃあるまいし。
なに緊張してんだ、俺。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、少女は、唇をゆっくりと開いた。
「よう。スケベ野郎。そろそろいいかい?」
「―――!」
今まさに、少女が
過剰に派手な装いの男だった。
くすんだ赤髪に狼のように釣り上がった目つき。線の細い肢体には幾多もの
そして、そのどれをも凌駕して俺の視線を惹きつけたのは、腰元にぶら下げた二丁拳銃。黒光りしたそれは、触れてもいないのにその重厚さを震わした。
こいつ、本物のチャカをぶら下げてやがる。
コスプレにしては随分と気合の入った派手男は、樹木に背を預けて濡れた前髪を掻き上げた。
「まずは名乗ろうか。オレぁ、ウユカってんだ。この世界ではフリーの盗賊をやってる」
「フリー……?」
「どこにも所属してねえってこと」
わかるよ、説明されんでも。
それよりも、気になるワードがあったぞ。
「見たところ
「え?」
「……よろしく」
「マジ? いいの?」
軽いノリで指をさされた少女は、妙に洗礼された
なんだろう、本当に妊娠させてもいいのかしら?
「しかしそりゃ、くれるっていうなら貰うけど、根本的なところがよくわかってないんだが」
「ほら、おまえ初っ端からハードモードだろ。ふつうチュートリアルがあって、仲間なり武器なりを手に入れて、簡単な依頼をこなした後にガチャ引けるって流れだろ?」
「ソシャゲの話か?」
「でもおまえは、その過程をスキップしちまった。しかも中ボス級の輩が闊歩してる森の中から始まってるにも関わらず、
喋りたいだけ喋った末に、哀れみの視線を向けてくるウユカ。初対面だが、めちゃくちゃタコ殴りにしてやりたいと心の底から思ったのは、こいつで二人目だ。
「それで、だ。話を元に戻すが、そんな可哀想なおまえに武器をくれてやる――っつう話」
「なるほど……そこの女の子に戦わせるとかそういう話か?」
「ハンッ、流行りのゲームなんてどれもそんなもんだろうが。テメエの拳は汚さず、テメエの女に血ぃ流させるのが需要あるんだぜ? ちくしょう」
「そういった風潮が気に食わないってのは、なんとなくわかった。けど、まずは状況を確認させてくれよ。ここは、どこなんだ?」
俺の質問に、ウユカは葉巻に火を燻らせながら言った。
「雨の日に吸う葉巻はうめえな」
「おい」
俺にも吸わせろ。吸ったことねえんだよ。美味しいの?
「んま、おまえの想像通りだよ。ここは日本どころか地球じゃねえ」
さらっと、衝撃的な事実を煙と一緒に告げたウユカは、少女を一瞥した。
「そして、そこの嬢ちゃんは人間かどうかも疑わしい」
「どういう……」
「ま、話はまた今度……生きて会えたらゆっくりしようぜ」
「は……?」
不吉な言葉とともに、腰元のホルスターからぶら下げた拳銃を引き抜くウユカ。瞬間、なんの脈絡もなく虚空へ向かって轟かせた。
「―――!?」
想像以上の射撃音に顔をしかめる。そんな俺をよそめに、
「へへッ、痺れんのは後だ。そこの嬢ちゃん連れてとっとと逃げな」
葉巻をくわえ直し、両手に二丁の拳銃を構えたウユカが音もなくその場から消えた。ついで、木々を揺らす撃発が薄暗闇の奥から響き――
「剣戟……?!」
迎え撃つように、鋭い殺気が木々を薙ぎ払った。
旋風が小雨を切り裂いて、その余波が俺の全身を駆け抜けていく。
「う、ぐ……っ!? な、んだよ、この風……!」
「逃げないの?」
「え、うそん……平気なの?」
「慣れてる」
「そうですか」
膝をつく俺とは対照的に、少女は悠然と立っていた。
紫色の瞳に捉えられ、俺は咳払いひとつで立ち上がる。
ひとまず、ワケのわからない状況の上、さらにワケのわからない事態に巻き込まれているワケだが。
「とりあえず、森を出るか」
「ん」
願わくば、現状を説明してくれる誰かに出会えることを祈りながら、俺は獣道を走った。
誰から逃げているのかも知らずに。
押し付けられたソレが、どんなものかも知らずに。
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