第11話
☆☆☆
森の中は神社の境内と同じでとても涼しかった。
頭上を木々が生い茂り、風が吹くと葉が擦れあって心地の良い音を奏でる。
「すごく気持ちがいい場所じゃないか」
まだ池には到着していないけれど、木々の隙間から差し込む木漏れ日とか羽ばたいていく鳥の様子とかに僕はすっかり心を奪われていた。
都会ではなかなかみることのできない景色だ。
草木がキレイに植えられた公園などはあっても、自然にこのような森になる場所はほとんどない。
僕は灰いっぱいにキレな空気を吸い込んだ。
と、その時だった。
住んだ空気の中に少しだけ濁りを感じて顔をしかめた。
なにか淀んだ、腐ったような匂いが混ざっていた気がする。
匂いの正体を探ろうと再び大きく息を吸い込もうとした時、前を歩いていたヒトミが足を止めた。
「ついたよ」
そう言って浮かない表情で振り向く。
どんなにキレイな池が目の前にあるんだろう。
そう思うと少しの濁った匂いのことなんてすぐにどうでもよくなってしまった。
僕はヒトミの横に立って期待を込めて池を眺める。
と、シュルシュルと期待がしぼんで行ってしまった。
木々が開けた眼の前にはたしかに池があった。
けれどそれは緑色に淀み、微かな異臭さえ感じられる泥沼のような池だったのだ。
さっき感じた腐ったような匂いはこの池の水だったのだ。
「ね? ここはあまり来たいと思わない場所だよね?」
ヒトミはなぜか申し訳無さそうに言った。
「他の場所と比べればそうかもしれないね」
でも考えればここはただの池なのだ。
湖でもないし、水の流れも滞っている。
小川があれだけキレイでも池の水が腐ってしまうのは当然のことかもしれない。
「でも、この池は明日の祭りで使われるんだろう?」
確か、選ばれた死体にお守りを握らせてこの池に浮かべると言っていた。
それなのにこんなに汚くていいのだろうかと疑問が浮かんでくる。
「そう。この池には不思議な力があるって言われているから」
「それなら少しはキレイにしてもいいのにな」
ヒトミは僕の意見に左右に首を振った。
「それはダメなの。不思議な力が弱まってしまって、人を蘇らせることなんてできなくなっちゃうんだって」
「ふぅん」
池の水を変えてはいけない。
それは秘伝のタレを継ぎ足し継ぎ足し作るようなものなんだろうか。
だとすれば確かににこの池はこのままでなけらばらないのだろう。
池の周囲に視線を巡らせてみるとそこには木製の手漕ぎボートがあった。
「すごいな。この池はボートで渡れるんだ」
「でもそれ、全然使われてないのよ」
近づいてみるとボート野中にはちゃんとオールもあった。
だけどヒトミが言っている通り長い間使われている形跡はないようで、コケが付着していたりする。
少し触ってみると意外と頑丈そうだ。
「少しこれに乗ってみないか?」
僕の提案にヒトミは目を見開いた。
「こんなの乗れるわけない。池だってこんなに汚いし」
「ほんの少しだけだから。僕がこいであげるよ」
両手で池へとボートを押し出し、浮かべると同時に飛び乗った。
そんな僕を見てヒトミは慌てた様子で近づいてきた。
ヒトミの手を掴みボートへと引っ張る。
ヒトミは軽くジャンプをして上手にボートに飛び乗った。
「もう、こんなことして……」
眉間にシワを寄せているけれど、頬は緩んで楽しそうだ。
「少し中央の方まで行ってみよう」
それほど大きな池じゃないから中央まで移動するのに5分とかからなかった。
水の腐った匂いを我慢していればそこはとても景色のいい場所だった。
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