第6話
☆☆☆
「この小川の上流から水を貰っているの」
敷地を出て右手にある細い路地を行くとチョロチョロと水の音が聞こえてきた。
それを目指して歩いていると、透き通る小川が現れたのだ。
「すごくキレイな水だね」
僕はしゃがみこんで小川に手を突っ込んでみる。
さっき洗い物をしたときに感じたあの水と同じだった。
「そうでしょう? ここの村の人たちはみんな、あの山から水を引いているの」
少し視線を上げれば小高い山が近くにある。
それは隣の県との境目にもなっているみたいだ。
けれど不思議なことに隣の県ではこの山の水が流れてこないのだと言う。
ちょっとした地形の違いで、水に恵まれるかどうかが変わる。
ヒトミはそれを誇らしそうに教えてくれた。
それから僕たちは村の中をブラブラと散歩を続けた。
村にあるものは民家と小川と田んぼと畑。
時々潰れた商店が目に入るくらいなものだった。
「ここは郵便物は届くの?」
「一応ね。2日に1度だけど」
それを聞いて安心した。
外界との接点がまるでないわけじゃないみたいだ。
田んぼの畦道を歩いていると複数の大人たちがせわしなく行き交っているのが見えて、僕は足を止めた。
さっきまでほとんど村人の姿はなかったはずだ。
疑問に感じていると「お祭りの準備が始まったの」と、ヒトミが言った。
「そうなんだ。2日後だっけ?」
「うん。なにせ100年に1度のお祭りだから、みんな張り切ってるのよ」
「でも、そんなに期間が開くのはどうしてなんだろう?」
祭りといえば毎年同じ時期に行われるものがほとんどだ。
事情があって開催できないということもあるだろうけれど、100年に1度なんて頻度じゃみんな忘れてしまう。
実際に、前回の祭りを覚えている人はすでに生きていないだろう。
「それくらいの頻度でしかしてはいけないお祭りだからなの」
再び歩きだしてヒトミは言う。
「してはいけないお祭り?」
「そう。そのお祭りを実際に経験した人はもうこの村には1人もいない。だけど言い伝えられた話しによると、死んだ人間を生き返らせる祭りなんだって」
ゾクリ。
この無理暑い中背筋が途端に寒なって、僕は咄嗟に振り向いた。
後方では田畑が静かに鎮座し、その向こうでは祭りの準備に忙しい人々が行き交っている。
「どうしたの?」
「いや、なんもない」
寒気はきっと気のせいだと自分に言い聞かせて歩き出す。
「死者を生き返らせるだって?」
「そう。それは100年に1度しかしてはいけないことなんだって」
「へぇ……」
確かに毎年死んだ人間が蘇っていてはキリが無くなってしまうだろう。
「でも、どうせ嘘なんだろう? ただの祭りだしさ」
「そうだね。信じている人はいないと思う」
ヒトミがそう言って笑ってくれたので、ようやく寒気が背中から消えていった。
この時ヒトミが真顔で『本当のことよ』なんて言っていたら、僕は逃げ帰っていたかもしれない。
「祭りは復活祭って呼ばれているの。なんだか雰囲気違うでしょう?」
「そうだね。死者を蘇らせるにしてはひねりがない名前だ」
2人して声をあげて笑う。
しばらく歩いているうちにいつの間にか小高い丘の上に出てきていた。
そこは広い野原で等間隔でへらべったい石が立っている。
「ここは?」
「墓地よ。この村はまだ土葬なの」
そう言われて見てみれば石には名前や年齢が掘られているようだ。
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