第42話

「そんな。それじゃヒトミも?」



「大量殺人を犯す可能性はある」



神主さんがギュッとハンドルを握り直す。



その手のひらは緊張の汗でテラテラと光っていた。



「でも、ヒトミはそんなことをする子じゃ……」



そこまで言って口を閉じた。



実際にヒトミはすでに祖母を殺していた。



しかも首に噛み付いて肉を引きちぎったのだ。



千切られた肉はどうした?



ヒトミが食べてしまったのか?



そうなのかもしれない。



それをうまいと感じたから、墓を掘り起こして僕たちに料理して出したのだ。



「人肉が美味しいと感じたら、人を殺すことも厭わなくなる」



神主さんが僕の考えを読み取ったかのように呟いたのだった。


☆☆☆


田舎道を全速力で車を走らせて家に到着すると、僕は転げ落ちるように車から降りて走りだした。



広い庭を駆け抜けている間にも嫌な予感は胸の中で膨らんでいく。



どうかヒトミが静かにしていますように。



昔の面影を残していますように。



心から願いながら勢いよく玄関を開けた。



と、同時に家の中から血の匂いが溢れ出してきて僕は足を止めていた。



早く家に入って事態を把握しないといけないのに、足が動いてくれない。



棒立ちになっている間に後ろから神主さんとユウジくんが追いついてきた。



神主さんは血の匂いに顔をしかめると、僕の体を押しのけて靴のまま室内へと入っていく。



僕はユウジくんに背中を押されてようやっと足が動き出した。



神主さんの後をおいかけてキッチンへ入る。



食器棚が倒れ、皿やカップが割れて散乱し、誰かがケガをしたのか所々に血がついている。



「ヒトミ?」



声をかけてみたけれど、ほとんど音として出ていなかった。



喉が張り付いてしまったかのうように声が出てこない。



それが恐怖のせいだとしばらくしてから気がついた。



「やめて!!」



悲鳴が隣の部屋から聞こえてきてハッと息を飲む。



僕が隣の部屋へ視線を向けるより早く、神主さんが廊下へ走っていた。



僕たちもそれに続く。



神主さんが大きくふすまをあけた瞬間、血の匂いが濃厚になった。



鼻の奥まで突き刺さるような鉄の匂いに吐き気がこみ上げてくる。



叫び声の主をさがして部屋の中を確認すると、ヒトミが母親の首に包丁を押し当てているのが目に入った。



母親の体は横倒しに倒れ、ヒトミはその上に馬乗りになっているのだ。



ヒトミの手は今にも母親の喉を掻っ切ってしまいそう。



それでもまだ母親は無傷だ。



なら、この血の匂いは……?



更に視線を巡らせると部屋の惨状がわかってきた。



大きない一枚板のテーブルはひっくり返り、座布団は切り裂かれて綿が飛び出している。



奥のふすまは破られて、血が飛び散っていた。



そして、そのふすまの前に父親が倒れていたのだ。



父親はうつろに天井を見上げ、口の端から血を流している。



そして腹部は真っ赤に染まり、黒く丸い穴が空いている。



その穴から細長い臓器が露出し、それは畳を這ってヒトミまで伸びている。



ヒトミは片手に包丁。



もう片方の手に父親の臓器を握りしめていたのだ。

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