第43話

時折室内に聞こえてくるクチャクチャという音は臓器を粗食している音……。



「離れなさい!」



あまりにも現実離れした光景に意識を失いそうになったとき、神主さんの低い声が響いた。



ヒトミが顔だけをこちらへ向ける。



口元に臓器を持っていくとそれをブチブチと噛みちぎって、まるでおつまみのように食べ始めた。



「助けて、助けて」



ヒトミの下で身動きが取れない母親に手を伸ばそうと試みる。



一歩近づいた時、気がついた。



母親がどうしてヒトミを押しのけないのか。



包丁を突きつけられているからだけではなかった。



母親の右足が血に覆われ、その先がなくなっているのだ。



「うっ」



とうめき声を上げて口に手を当て、後退りをする。



母親の片足はどこへ行った?



室内を見回してみても、それらしいものは見つからない。



まさか……それもヒトミが食べたのか?



「お願い、助けて」



母親の声が徐々に小さく、弱くなっていく。



出血多量で命が危ないのだ。



早く助け出さないと!



怯えている暇はないと一歩踏み出したとき、神主さんのほうがより早く動いていた。



ヒトミの背後に周り、その体を羽交い締めにしたのだ。



ヒトミが「ギャアアア!」と人間離れした悲鳴を上げて暴れる。



その拍子に包丁を取り落した。



僕は咄嗟にその包丁を掴み、ヒトミに切っ先を向けた。



「刺せ! こいつはもうヒトミちゃんじゃない! 殺せ!」



神主さんの叫び声。



嫌がるヒトミがわめき散らしながら地団駄を踏む。



「ヒ、ヒトミ」



包丁を両手で握りしめてヒトミを見つめる。



ヒトミは一瞬我に返ったような様子で僕を見つめた。



以前と変わらないキラキラと輝く目で僕を見つめて、頬を緩める。



「ヒトミ! 僕だよ。ケイタだ」



「ケイタ……」



「そうだよ、ケイタだ!」



ヒトミがまばたきをして部屋の中を確認する。



そして何度も首をかしげた。



自分がしたことがわかっていないのか、この惨状がどういう状況なのか理解していないのか、しきりに不思議そうな顔をする。



「今の家に殺せ!!」



神主さんが叫ぶ。



「でも……っ」



ただの殺人鬼なら迷うこともなく刺殺していた。



だけど今のヒトミは違う。



前と同じように人生の希望に満ちているヒトミで間違いがない。

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