第12話

ボートから頭上を見上げてみると、ちょうど木々の隙間が大きく開けている。



そこから差し込む光が湖面と僕たちを照らしていて、まるで天国への階段のように見える。



「なかなかいい場所だね」



「そうね。こんな風に見たことがなかったから、知らなかった」



「本当に誰もボートを使わないんだな」



せっかく置いてあるのに、これじゃ宝の持ち腐れだ。



昔はこうして木々の隙間から差し込んでいる日差しを見つめていた人もいただろうに。



しばらく2人してぼんやりと太陽の日差しを見つめていると、不意にヒトミが立ち上がろうとした。



ボートがグラリと揺れる。



「どうした?」



咄嗟にボートの両脇を掴んで聞く。



「大変。水が入って来てる!」



見るとヒトミの足元が水で濡れている。



ポコポコと泡立ちながら池の水が徐々に入ってきているようだ。



「これはまずいな。すぐに戻ろう」



オールを手にボートを方向転換させる。



力いっぱいオールを漕ぐとボートは左右に大きく揺られた。



その拍子に大量の水が入り込む。



「ちょっと、嫌だ!」



ヒトミは濁った水から逃げようと体を左右にひねる。



その度にまたボートは大きく揺れて、思うように岸へ移動していかない。



「ヒトミ、少しおとなしくしてて。ボートが進まないんだ」



水は僕の方へも流れてきて、靴を濡らす。



この村へ来る前に慎重したばかりの運動靴が緑色の水に包み込まれて、中まで染み込んでくる。



でも今はそんなことかまっていられなかった。



ボートの揺れを止めようと必死でオールを動かす。



それなのにボートは来たときと同じようには動かない。



さっきから池の中央でグルグルと回転を繰り返しているだけなのだ。



なんだこれ。



どうなってる?



浸水はますます進んでヒトミはパニック状態になり、両手で必死に水をかき出している。



しかし、浸水スピードの方が早い。



このままじゃボートは沈んでしまう!



そう思ったときだった……バシャンッ! 大きな水音がして、ボートが左右に振られた。



思わず目を閉じてボートから振り落とされないようにすがりつく。



「今のはなんだ!? この池、なにか住んでいるのか!?」



しかし、返事はなかった。



「ヒトミ?」



目を開けた時、そこにヒトミの姿はなかった。



一瞬頭の中が真っ白になり、それから勢いよく立ち上がる。



「ヒトミ、どこにいる!?」



さっきの揺れで落ちたのか!?



目を凝らして湖面を見つめても、そこにはなにもない。



木切れ一つも浮いていない。



岸へ視線を向けてみてもそこにヒトミの姿はなかった。



どこに行った……?



背中に冷や汗が流れる。



恐ろしいほどに静まり返った森の中。



さっきまで聞こえてきていた鳥の声すら聞こえてこない。



まるでここに僕1人が取り残されてしまったような恐怖が湧き上がる。



ザバッ!



水から勢いよくヒトミが顔を出した。



「ヒトミ!」



ヒトミはなんとか湖面に顔を出し、激しくむせている。



その体は今にも池の中に沈んで行ってしまいそうだ。



「今行くからな!」



僕はそう叫び、池の中へと飛び込んだのだった。

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