第13話

☆☆☆


最初に感じたあの大きな揺れは、ヒトミが落下した時に生じた揺れだったらしい。



そうわかったのは隣町の病院でのことだった。



ヒトミはすぐに救急搬送され、応急処置を受けた。



しかし……。



「全力を尽くしたのですが」



年配の医師はそう言い、うなだれた。



僕はなにも言えなかった。



病院に駆けつけたヒトミの家族も誰も一言も言葉を発しない。



ヒトミは死んだ。



あの池で溺れて死んでしまった。



「……っ」



最初に声もなく泣き崩れたのはヒトミの母親だった。



あれだけ活発で、笑顔が素敵だった人が両手で顔を隠し、必死に嗚咽を堪えて泣いている。



僕はその姿を見ても何も言えなかった。



僕が池に行きたいなんて言わなければ。



僕がボートに乗ろうなんて言わなければ、きっとこんなことにはならなかった。



思えばヒトミは池へ行くことも、ボートに乗ることも望んではいなかったじゃないか。



「僕のせいだ……」



恐ろしいほど静かな院内で、僕の声だけが響き渡ったのだった。


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☆☆☆


ヒトミが死んだのは僕のせいだ。



僕がヒトミを殺したようなものだ。



いくら自分でそう思ってみても、村の人たちは誰も僕のことを責めなかった。



ヒトミの体がキレイにされて家に戻ってきたときも、これが本物の死体であると理解した後も、誰もなにも言わない。



僕に早く出ていけとも言わない。



いっそ、責められた方が楽なのに。



ヒトミの葬儀は明日行われることになったが、僕は自分が参加する資格などないと判断した。



廊下に立っていても、村の人達が手伝いに来てくれていて僕にはやるべきことがない。



時々忙しそうに立ち働く人にぶつかられるくらいなものだった。



もう、帰ろう。



夕方になり、僕は帰宅する準備を始めた。



ずっとここにいてもやることはない。



それにヒトミの家族はきっと僕の顔なんて見たくないはずだ。



ノロノロとした怠慢な動きで荷物を詰めて、部屋を出る。



僕の前を何人もの村の人達が通り過ぎて行ったけれど、気にかける人は1人もいなかった。



僕は誰にも声をかけず、誰にも声をかけられずに玄関へ向かう。



最後にもう1度だけヒトミの顔を見たくて仏間のふすまをそっと開いた。

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