第14話

仏壇の前にひかれた布団にヒトミの体は寝かされていて、顔には白い布が被せられている。



そっと近づいて膝をつき、その布を外す。



ヒトミの青白く、生気の失われた顔が現れて途端に嗚咽が漏れそうになる。



片手で自分の口を押さえて嗚咽を押し込んだが、流れてくる涙を抑えることはできなかった。



ポタポタとヒトミの頬に涙が落ちて濡らしていく。



それでもヒトミの目は固く閉ざされていて開くことはない。



僕は布団の上からヒトミの体を抱きしめた。



細くて華奢両腕は僕のことを抱きしめ返してくれることもない。



ごめん。



本当にごめん……。



「明日のお祭りに、お姉ちゃんも入った」



後ろから突然声が聞こえきて、反射的に振り向いた。



そこに立っていたのはユウジくんだ。



病院から戻ってきてずっと泣いていたのか、目は真っ赤に充血していて鼻声になっている。



「え?」



僕はよくわからずに首をかしげる。



「明日の復活祭だよ。話は聞いてるんだろう?」



「あ、あぁ……」



「本当なら、高田さんのところのおじいちゃんと、飯田さんところのお嫁さん。それに吉村さんのところのお父さんの3人が復活できるチャンスだったんだ。だけど今日お姉ちゃんが死んだことで、お姉ちゃんにもチャンスができた」



淡々と話すユウジくんに戸惑った。



それはただの祭りの話しで、本当に死者が復活するわけじゃない。



そう説明しようと思ったけれど、ユウジくんの目がギラギラと光りだしたのを見て口を閉じた。



「少し話があるんだけど、いい?」



「い、いいけど……」



今まさに帰ろうと思っていた僕は、ユウジくんの部屋へと移動していた。



ユウジくんの部屋は高校生の男の子らしく乱雑で、雑誌や漫画本が散乱していた。



それでも勉強机の上だけは整理されていて、ちゃんと勉強していることを伺わせた。



「そこに座って」



ユウジくんに促されて僕はベッドの端に座り、ユウジくんは勉強机の椅子に座った。



「お祭りの方法は聞いた?」



「あぁ。明日神主さんが赤い花を玄関先に飾るんだろう? その花が飾られた家の人間は蘇ることができる」



「そうだよ。花は明日の夕方までには飾られる。それまでは絶対に誰も家の外へ出てはいけない。花を飾り終えたら村中に聞こえるチャイムが鳴るんだ。それが聞こえたら、ようやく外へ出ることが許される」



「それが、なにか?」



ユウジくんの目がまた光る。



「僕たち2人で花を奪って来よう」



「花を奪うって、そんな……」



こういう小さな村での祭り事はとても大切なことのはずだ。



それを台無しにしようとしているのか。



僕は何も言えなくなってユウジくんを見つめた。



「花を奪って、この家の玄関に飾っておくんだ。そうすればみんな、お姉ちゃんが復活に選ばれたと思ってくれる」



「そんな単純なことかな?」



神主さんにはきっとすぐにバレてしまう。



それに、夕方まで家を出るなと言われて誰もがそれを守るとも思えない。



不足の事態だって考えられる。



「もしかしたら、そんなことをしなくてもお姉ちゃんが選ばれるかもしれない」



そう言われると反論はできなかった。



確かに、ヒトミは今年死んだ人の1人だから復活に選ばれる可能性はある。



だけど、僕は左右に首を振った。



「僕はそんな祭り信じてないんだよ。死者が蘇る祭りなんて」



そんなものがあったら幸せだろうと思う。



どれだけ救われることだろうかと思う。



だけど現実を見なきゃいけない。



ヒトミは死んでしまったのだ。



もう二度と蘇ることなんてない。



ゲームや漫画の世界じゃないのだから、それは当然のことだった。



僕は荷物を持って立ち上がる。



「逃げるの?」



「逃げるんじゃない。帰るんだ」

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