第20話
ヒトミが選ばれたことに大喜びをした家族たちは、さっそく赤い花を持って神社へと向かった。
僕もその最後について石段を歩いていく。
「この後はお守りをもらうんだっけ?」
僕の前を歩くユウジくんへ小声で聞く。
ユウジくんは前を向いたまま頷いた。
「そう。お守りをくれるのは神主さんじゃないから、花を移動したことはバレない」
「花がどの家に置かれるのか知っているのは、神主さんだけ?」
その質問にユウジくんはまた頷いた。
それならどうにかごまかすことができるかもしれないと、ひとまず安堵する。
しかし心臓破りの石段は相変わらずで、祖母も一緒に登っていることもあって僕たちは何度も休憩を挟んだ。
どうにか全員で石段を登りきったとき、そこには華やかな景色が待っていた。
神社の境内には屋台が並び、我先にとやってきた子どもたちが駆け回っていたのだ。
大人たちはベンチに座って談笑しているし、夕方まで誰もいなかった村とは思えない光景だった。
「屋台は後にして、早く行くよ」
その光景に圧倒されていた僕を促すようにユウジくんが手を引く。
僕たちが向かったのはお守り売り場だった。
奥には巫女さんの姿があり、祖母の持つ赤い花を見ると「おめでとうござます」と、うやうやしく頭を下げた。
それから巫女さんは勝手知ったる様子で赤い花を受け取ると、それに引き換えて赤いお守りをくれた。
真ん中に『生』と赤い刺繍で刻まれたそれを、祖母は大切ように両手で包み込んだ。
「帰りの石段に気をつけてくださいね。せっかく選ばれたんですから」
巫女さんの言葉に何度も頷き、来た道をもどり始める。
石段には誰の姿もなくて、僕はまた首をかしげた。
「神社にいく人たちはみんな石段を使わないのか?」
「今日は特別なんだ。復活祭のときにこの石段を使えるのは神主さんと選ばれた家の人間だけ。だから、他の人達はみんな裏から上がってくるんだよ」
ユウジくんの説明でようやく納得した。
だから行きも帰りも誰にも会わなかったのだ。
それにしても、ユウジくんの表情からは不安の色が消えて声もこころなしか元気になっているみたいだ。
やっぱり、本人もうまくいくか不安だったんだろう。
だけどこうしてうまく行っている。
後はこのお守りをヒトミに握らせて、その体をあの池に……。
途端にヒトミがあの池に沈んでいくときの光景が思い出されて、その場にうずくまってしまいそうになる。
ヒトミの顔が湖面に浮かんでは沈んでいく。
苦しげに口を開けて空気を吸おうとするが、濁った水は容赦なくヒトミの口に入り込む。
「顔色悪いけど大丈夫?」
ユウジくんが異変に気がついて声をかけてくれる。
僕は無理やりそのときの光景を頭の中から追い出して「大丈夫だよ」と、答えたのだった。
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