第24話

☆☆☆


それからヒトミは僕を村の見学に連れて出てくれた。



この村には一通り案内してもらったじゃないかと言ったのだけれど、僕と2人になりたいのだと言われては、断れなかった。



のどかな田園風景を歩きながら大きく息を吸い込む。



東京とは比べ物にならないくらいに空気が澄んでいておいしい。



車が行き交う交差点で深呼吸をすれば咳き込んでしまうところだけれど、ここではそういうこともない。



「いい村だね」



ゆっくりと歩きながら言うと、ヒトミは嬉しそうに微笑んだ。



「なにもない村だけど、私ここが大好きなの」



そうなるのもわかる気がする。



「車の免許を取ってここに暮らそうか」



「え、本当に!?」



ヒトミは目を輝かせて僕を見つめる。



僕は頷いた。



1度失ったヒトミを蘇らせてくれた村だ。



ここに永住することで感謝を伝えてもいいかもしれないと、本気で考えるようになっていた。



僕はヒトミの手を握りしめて立ち止まる。



「ヒトミ、本当に僕と結婚してくれる?」



ヒトミの頬がポッと火のついたように赤く染まる。



「もちろん」



真っ直ぐに僕の目を見ることができなくて、その視線は彷徨っている。



こんなに可愛い奥さんをもらうことができるなんて僕はなんて幸せ者なんだろうか。



僕はそっとヒトミの体を引き寄せた。



田んぼや畑に人の姿は見えない。



あったとしても、今の僕は気にしなかったと思うけれど。



「ちゃんと言うよ。僕と結婚してください」



ヒトミは僕の腕の中で、蚊の鳴くような声で承諾してくれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る