第16話

いつから外は嵐になっていたんだろう。



食事を終えた僕は縁側に座ってぼーっと外の景色を眺めていた。



ヒトミと一緒にボートに乗っていたときはあんなによく晴れていたのに、今は雷をともなう豪雨だった。



帰宅するために駅までのタクシーを呼んでもらおうと思ったのだけれど、この豪雨で車は出せないと断られてしまったと言う。



それが本当のことなのか、それとも僕をこの家につなぎとめておくための嘘なのかはわからない。



とにかくスマホの電波が届かない状況ではどうしようもなかった。



足止めをくらうことになってしまった僕を見てユウジくんは満足そうな笑みをこちらへ向けていた。



「いいか? 明日は昼ごはんを食べてからこっそり家を抜け出すんだ。2人で」



ユウジくんは『2人で』というところを強調した。



そこまでして復活祭のことを信用していることに驚いたけれど、それにはきっと祖母が関係しているのだろう。



80を過ぎているあの人なら、前回の復活祭の話を十分に聞いてきたことだと思う。



「どうして昼からなんだ? 午前中に花が飾られるかもしれないだろ?」



「だとしても、探せばすぐに見つかるよ」



この村には民家が30軒ほどしかない。



その中で復活に選ばれるのはこの家を入れて4軒だけだ。



確かに探し出すのは簡単そうだ。



「でも、花を飾り終えたらチャイムが鳴ると言っていたじゃないか。そのチャイムが鳴ってから探したんじゃ遅いだろう?」



「大丈夫。チャイムは夕方まで鳴らない。花を飾ったから出てきていいというだけの合図だから、飾ってすぐに鳴るわけじゃないんだ」



なるほど。



少しはちゃんと考えているみたいだ。



「それで、ユウジくんは本当に死者が復活すると思っているのか?」



その質問にユウジくんは充血した目を見開いて、視線を空中にさまよわせた。



即答できないということは、信じていないのかもしれない。



外では風が強く吹き荒れて、今日1日は外に出ることもできなさそうだった。


☆☆☆


復活祭当日、僕はいつもどおりキッチンへやってきて、準備されている食事に手をつけた。



僕が今までと同じように食卓についていてもヒトミの家族はなにも言わない。



僕を攻めることも、慰めることもない。



静かで重苦しい食事が終わると僕はユウジくんに呼ばれて、また部屋を訪れた。



「今日は復活祭だから、みんなソワソワしてるんだ」



「そんな風には見えなかったけど」



「ばあちゃんなんて2度も漬物を床に落としてただろ」



ユウジくんはおかしそうに笑ってみせた。



だけどのその笑顔は引きつっている。



「みんな、ヒトミが選ばれるかもしれないと思っているのか?」



「当たり前だよ。お姉ちゃんの遺体はまだ土葬されていなくてキレイだし、選ばれた時にすぐ池に運ぶことができる」



そう言われて僕はあの池のことを思い出した。



緑色に淀んでいて、腐った匂いが染み付いた池。



同時にその中に沈んでいくヒトミの顔も思い出して、喉の奥から嗚咽が漏れた。



「大丈夫?」



ユウジくんは冷たい声をかけてくる。



僕がどれだけヒトミの死に苛まれようと、ユウジくんからすればざまぁみろと言ったところだ。



僕は涙も嗚咽も必死に殺して、ユウジくんを見た。



「昼ごはんを食べた後、どうやって外へ出るんだ?」



葬儀会館などないこの村では家での葬儀が一般的だ。



今もこの家には沢山の村の人たちが出入りしている。



そんな中、気が付かれずに出ていくなんて不可能だ。



「ハシゴがあるんだ」



ユウジくんはそう言うと押入れの中から白いロープ上のハシゴを取り出した。



防災用によく見るタイプのやつだ。



「これを窓から垂らして外に出る」



ユウジくんの部屋から窓の下を確認してみると、そこはちょうど家の真裏に位置することがわかった。



「絶対にバレるだろ」

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