第3話

松の枝は立派に伸びて、その下には鯉が泳ぐ池がある。



おいおいおい、まじかよ。



つーっと背中に汗が流れていく。



こんな大豪邸の娘だなんて知らなかった。



今から家族に会うのだと思うと緊張で心臓が破裂してしまいそうだ。



「ただいまぁ」



そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ヒトミは間の抜けた声を上げながら玄関扉を開いた。



ガラガラと音を立てて玄関が開くとそこには広い土間があった。



土間だけで6畳くらいはありそうで、右手にはソファまで置かれている。



日本家屋にも似合うように焦げ茶色をした、重厚感のあるものだった。



「はいはい」



トントンと足音を響かせて出てきたのは、ヒトミと同じように色の白い女性だった。



目元がヒトミにそっくりで、クリッとしていて大きい。



その人はヒトミのお母さんだとすぐにわかった。



僕は背筋を伸ばして「はじめまして」と、挨拶をする。



緊張でどうにかなってしまいそうだったけれど、ヒトミの母親は穏やかな笑顔を浮かべてくれた。



「あなたがケイタくんね? ヒトミから聞いているわよ」



どんな風に伝えられているのか気になったけれど、悪くは言っていないはずだ。



「さぁ、入って。お父さんも待っているから」



そうやって促されて向かった先は客間だった。



一枚板の低いテーブルにふかふかの座布団が用意されている。



その一番奥似貫禄のある男性が座って僕のことを待っていた。



あれがヒトミのお父さんのようだ。



あぐらをかいて座るその体は筋肉質で、よく鍛えられていることがわかった。



僕は無意識のうちにゴクリとツバを飲み込んでいた。



レスラーじゃないんだから対決をするわけでもないのに、そんな気持ちになってくる。



しかもこの対決は僕の負けが確定している試合だ。



そんなことを考えていると、横のふすまが開いて老婆が現れた。



「ヒトミちゃん、おかえり」



老婆は僕へ視線を向けて、それからヒトミへ声をかけた。



「ただいまおばあちゃん。この人がケイタくんだよ」



父親よりも先に祖母に挨拶することになってしまった。



でもまぁ、年の順番で言えば正解か。



グルグルと焦る頭で考えながら自分で勝手に答えを出す。



「まぁ、足を崩して座りなさい」



挨拶を終えると父親が相好を崩して声をかけてくれた。



その反応にひとまずホッと胸をなでおろす。



僕はヒトミと隣り合って座った。



ヒトミの祖母からヒトミとの馴れ初めを質問されている間に、熱いお茶が出された。



そのお茶に四苦八苦しているとき、またふすまが開いて学生服姿の男の子が現れた。



こちらはヒトミの弟だとすぐにわかった。



「こんにちは」



弟のユウジくんは人懐っこい笑みを浮かべて僕たちの向かい側に母親とともに座った。



こうしてヒトミの家族に囲まれているとなんだかくすぐったさを感じる。



僕はちゃんと受け答えができているだろうかと不安だったけれど、そこまでの緊張も徐々に和らいできた。



「ケイタくんが飲める人で良かったよ」



僕の歓迎会のようなものが始まって1時間が経過した頃には、ヒトミの父親はすっかり上機嫌になっていた。



お酒が進んで頬も赤い。



「本当よね。うちは誰もお酒を飲まないからお父さん寂しかったんだものね」



母親が父親のグラスにビールをつぐと、今度は父親が僕のグラスにビールをついでくれた。



「ちょっとお父さん、来たばかりで疲れてるんだから、あまり飲ませないでよ」



隣のヒトミはいつも以上に飲んでいる僕を心配してくれているようだ。



でも僕はお酒が強いほうだから、まだ心配はいらなかった。



旅の疲れも今は心地よく体を支配している。

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