第2話
☆☆☆
ヒトミの実家へ向かう当日。
僕は入念に荷物のチェックをしていた。
「着替えに、充電器に財布……」
なにせ村に行ってしまえばATMすらないというのだ。
病院も警察も村の外にあり、車がなければなにもできないらしい。
僕もヒトミも車は持っていないから、電車とタクシーで村まで行くことになる。
途中で忘れ物に気がついても、電車が来るのは1日に2度だけ。
取りに帰ることも買いに出ることも難しい。
「よし、これでいいな」
最後にヒトミの家族へ送る手土産を確認してようやく人心地がついた。
まさかスマホの電波が届かないなんてことはないよな?
昨日ヒトミに冗談混じりでそう質問してみると、ヒトミは真剣な表情で駅まで出れば使えるよ。と言っていた。
それならスマホを持っていかなくてもいいかと一度は思ったけれど、そこは現代人だ。
なんらかの手段で誰かとつながっていないとどうもソワソワしてきてしまう。
たとえ使えなくてもスマホを持っていれば安心する。
そういう理由で持っていくことに決めた。
すべての荷物を整えた時、玄関チャイムがなった。
ドアスコープから覗いてみるとヒトミが大きなキャリーバッグを片手に立っているのが見えた。
その様子にクスッと笑ってしまう。
まるでこのまま実家に引っ越しでもしそうな勢いだ。
「よし、じゃあ出発するか」
僕は重たい旅行カバンを手に、玄関を開けたのだった。
☆☆☆
ヒトミの実家までは電車のタクシーで行くのだけれど、最初に乗ったのは新幹線だった。
これで一気に東京から東北の秘境まで行けるのかと思うと、それは違う。
新幹線では大きな市に向かうだけで、そこから電車を何本も乗り換えて向かうらしい。
「やっぱり、かなり遠いんだね」
家を出てからすでに5時間が経過している。
途中の駅で下車してお昼を食べ、また電車に揺られていた。
車窓から眺める景色はどんどん移り変わっていて、今見えているのは田んぼばかりだ。
「あと2時間くらいかな」
ヒトミがなんでもない様子でそう言うので僕は目を丸くしてしまう。
それなら到着まで少し眠ろうかと思うだけれど、なにせ乗り継ぎが多くて眠ると降りれなくなってしまうのだ。
「私が起きておくから、寝てていいよ」
「いや、それはさすがに悪いよ」
僕はさっき買ったばかりの冷たいお茶で喉を潤して眠気を覚ました。
これくらいじゃ食後の眠気は飛ばないけれど、なにもしていなければすぐに眠ってしまいそうだった。
「気にしなくていいのに」
一生懸命目を開いている僕を見てヒトミは笑う。
そんなヒトミの笑い声を聞いているうちに、僕は眠りについてしまったのだった。
☆☆☆
ヒトミの実家に到着した頃にはすっかり夕方になってしまっていた。
あれから2つの電車を乗り継いて、降りた駅でタクシーを拾い、そこから更に30分ほど走ってきた。
タクシーから降りて目の前にある家屋はとても古く、膨大な敷地面積を誇っていた。
「ここが私の家」
ヒトミが大きな門の前に立ち、ふぅとため息交じりに言ったときには絶句した。
ここがヒトミの家?
タクシーの車窓から見ていたどの家よりも立派で圧倒されてしまう。
「そんなに緊張しないでよ。古い家だから大きくて当たり前なんだから」
それは土地が有り余っているからとか、そういう意味なんだろう。
だけど僕にとっては全然慰めにならなかった。
大きな門をくぐって中に入ると広い日本庭園が広がる。
きちんと手入れが行き届いていて、奥の方からはカッコンとししおどしの音まで聞こえ来る。
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