復活の村
西羽咲 花月
第1話
カフェから眺める外の景色は夏色が濃く、行き交う人々は暑さで額に汗をにじませている。
上着を脱いだサラリーマンはシャツを背中にベッタリと張り付かせているし、OLはハンカチで汗を拭い続けている。
空には雲ひとつなく太陽が容赦なく照りつけて肌を焼いているのがわかった。
こんな調子じゃ、もうカフェから出られないな。
そんな風に考えていたとき、前の席に座っている恋人が話を切り出した。
「今度のお休みは、うちの家に来ない?」
そのセリフが意味しているものをすぐに理解して、僕は恋人のヒトミへ視線を向けた。
ヒトミはほんのりと頬を赤く染めていて、僕の返事を待っていた。
2つ年下で今23歳のヒトミと出会ったのは大学時代だった。
同じスキー部に所属することを決めたヒトミと新歓コンパで初めて出会い、その初々しさと可愛らしさに一目惚れをした。
他にも女の子たちはいたのだけれど、みんなコンパなどになれている様子ですぐにお気に入りに異性を見つけてすりよっていた。
それに比べてヒトミはこういうことになれていない様子で、ずっと1人で烏龍茶を飲んでいたのだ。
時々先輩たちから声をかけられて返事をする以外には、自分から積極的に話そうともしなかった。
可愛いけれど消極的。
酒が絡む席では正直浮いている存在だった。
だけど僕はヒトミから目をそらすことができなかった。
雪のように白い肌に、細くて長い手足。
まるでモデルのように整った顔立ち。
ここまで完璧なら、たとえお酒が入らなくても自信を持って会話をできるはずだった。
だけどヒトミは終始うつむきがちで、そんな彼女のことが気になった。
こちらから話しかけても会話はあまり続かず、次の約束もできないまま、番号交換もできないままお開きとなった。
でもこのままで帰るわけにはいかなかった。
居酒屋から外へ出てそのまま解散という流れになったとき、僕は駅へ向かう彼女を追いかけた。
普段だったらストーカーとか変質者だと思ってあざ笑う存在に、僕は自分からなったのだ。
『あの、ヒトミちゃん!』
名前はコンパのときに聞いていた。
そして、女の子は『ちゃん』男の子は『くん』とつけて呼ぼうと、調子のいい男子が取り決めていた。
だからこの時も僕は気楽にそう呼ぶことができた。
ヒトミは立ち止まり、驚いた顔で振り向いた。
『危ないから駅まで送っていくよ』
『あ、ありがとうございます』
ヒトミは蚊の鳴くような声で頷き、僕たちは並んで歩き出した。
外はすでに真っ暗で、歩いているのは僕たちみたいな学生と、よっぱらいのサラリーマンくらいなものだった。
『ヒトミちゃんは、今日誰かいい人を見つけた』
歩きながら質問をする。
コンパと名のつくものの後の質問として間違っていなかったと思う。
けれどヒトミは少し首をかしげて『私はスキーの話をしてほしかったです』と、答えた。
僕は一瞬キョトンとしてしまい、そして慌てて頷いた。
『そ、そうだよね! だって僕らスキーやるんだからね』
最も当然なことをすっかり忘れてしまっていた。
他の人たちだって、きっとコンパは別物として捉えていたと思うけれど、ヒトミだけは純粋にスキーについて聞きたかったのだ。
だからあんなに大人しか会ったのだと、ようやく気がついた。
『よかったら、僕ならいつでもスキーの話をするよ』
僕はポケットの中に手を突っ込んでスマホを取り出した。
ヒトミは戸惑った様子で瞳を泳がせた後、コクリと頷いてピンク色のスマホをバッグから取り出した。
スマホを操作する長い指先がキレイで、うっとりと見とれてしまう。
こんな子が自分の彼女になってくれたなら、どれだけ幸せな大学生活を送ることができるだろう。
『それじゃ。送っていただいてありがとうございました』
番号交換を済ませて駅まできた時、ヒトミは律儀に頭を下げてきた。
それを見たとき、あぁこれは本気になるかもしれないと思った。
遊びの付き合いじゃない。
本気でヒトミと付き合いたい。
ヒトミを知りたいと心から思った。
それから5年。
僕らは付き合って5年目になる。
「それって、つまり」
僕は目の前で頬を赤らめているヒトミに聞く。
ヒトミは僕の言葉を最後まで聞くより先に「ひゃ、100年に1度のお祭りがあるの!」と、無駄に大きな声で言った。
「100年に1度のお祭り?」
実家に来てほしいというお願いだと思っていたのが、思わぬ好奇心をくすぐられた。
「村に伝わるお祭りなんだけどね、100年に1度しかないの。とても珍しいお祭りだから、ケイタも来ないかなって思ったの」
「へぇ、それは興味深いね」
僕はすっかり氷の溶けてしまったミックスジュースに口をつける。
ミックスジュースの甘ったるさは消えさり、水っぽくなってしまっていた。
「ヒトミの実家ってどのへんだっけ?」
質問すると東北に位置する秘境だということがわかった。
ヒトミに初めて出会った時やけに肌の白い子だと思っていたけれど、その裏は豪雪地帯にあるらしく、夏でもあまり太陽の光が差さないのだとわかった。
ヒトミの透き通るような肌はそういう場所での暮らしのおかげで出来上がったものらしい。
スキー合宿でのヒトミも、先輩を差し置いて誰よりも上手だった。
「それは面白そうだね。ぜひ行ってみたいな」
そう言うとヒトミは笑顔で頷いた。
しかし、すぐにその表情は真剣なものに変わった。
「ただ、うちの村にはホテルがないの。商店も、昔は小さなのがあったんだけど今はなくなっちゃったの」
「そっか。でもそのくらいは想定内だよ」
ヒトミの地元へ行くと聞いたときから、実家に来てほしいと言っているのだと気がついていたし。
「私の家族に会ってくれる?」
「もちろん」
いずれヒトミの家族にはちゃんと挨拶をするつもりでいた。
それが、少し唐突に訪れただけだ。
「よかった」
ヒトミはホッとしたように息を吐き出して、ようやく緊張のとけた笑顔を見せたのだった。
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