第9話

「ここまで持ってくれたら後はもう大丈夫よ」



「え、でも、これから干すんですよね?」



「洗濯物を干すのにもコツがいるの。ケイタくんは結婚してしっかりできるようになってから手伝ってもらうから」



そう言われて自分の頬が赤くなるのを感じた。



「わかりました」



僕が手伝ってシワだらけのシャツができあがっても大変なので、ここは潔く引き下がることにした。



そのまま家の中へ戻ると、ヒトミが駆け寄ってきた。



「いたいた! お母さんの手伝いをしてくれていたの?」



「洗濯物を外に運んだだけだよ」



「ありがとうね」



ヒトミは嬉しそうに微笑んでいる。



自分の家族が大切にされて嫌な気分になる人はまずいないだろう。



「ねぇ、今日はどこへ行く?」



「今日もどこかに連れて行ってくれるのか?」



と言っても、この村は昨日一周してしまった。



小さな村で本当に病院も警察もないことに驚いたけれど、その分のどかで景色のいい場所だった。



「神社とか、行ってないでしょう?」



他にこの村で見るものなんてあるのかと思っていたら、そう言われた。



確かにこの村唯一の神社にはまだ行ったことがなかった。



明日はその神社にまつわる復活祭がある。



それを思い出したとき、ふと興味のわく場所があった。



「それなら、話してくれた池に行ってみたいな」



「え、池?」



ヒトミの表情が一瞬曇る。



眉間にシワを寄せて視線をさまよわせた。



「復活祭で使う池があるって行ってただろう? それを見てみたいな」



小川にもとてもキレイな水が流れていた。



だから森の中の池もきっと透き通る美しい池なのだろうと思ったのだ。



しかしヒトミの顔は浮かなかった。



「別に珍しい池じゃないよ? どこにでもあるような池だし、見てもつまらないかも」



あれだけ村の案内をしたがっていたのに急にどうしたんだろう?



「そっか。それでも、他に見て回るところって少ないんじゃないか?」



せっかく外へ出ても神社だけ見て帰ってくることになりそうだ。



僕はヒトミともう少し長い時間2人きりになりたかった。



そんな僕の気持ちを見透かしたかのようにヒトミは頬をピンク色に染めた。



さっきまでの浮かない表情は少しだけ晴れて「わかった」と、頷いてくれたのだった。

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