第32話

すぐには動けないことを悟り、僕はヒトミの胸に自分の耳を押し付けた。



トクンットクンッと微かな心音が聞こえてくる。



「まだ生きてる! すぐに車を準備してください!」



両親へ向けてそう怒鳴った時、脱衣所に祖母が入ってきた。



祖母はヒトミの姿を見下ろして悲痛な表情を浮かべる。



「病院へは行かなくていい」



その言葉に僕は目を見開いた。



今、なんて言った?



「なんでだよ、こんなことになってるのに!」



ユウジくんが叫ぶ。



祖母はそんなユウジくんを睨みつけた。



「手当はワシがやる。部屋に移動してくれ」



祖母は静かな声でそう言ったのだった。


☆☆☆


祖母の言葉は誰も反論できないものだった。



僕とユウジくんは2人でヒトミの体を担ぎ上げて、祖母の部屋へと向かった。



そこにはすでに布団が用意されていて、そこにヒトミの体を横たえた。



皮膚が剥がれて流れ出した血が、白い布団を汚していく。



「お前らはもう見るな。なにもするな。わかったか!?」



祖母が部屋に入ってくるなり怒鳴られて、僕は萎縮してしまった。



ユウジくんは目に涙を浮かべ、唇をかみしめている。



「お前らがなにをしたのか、ワシにはわかっている」



祖母はそう言うと、ふすまを固く閉ざしてしまったのだった……。


☆☆☆


ヒトミと2人きりになった祖母は布団の横に座り込んだ。



そして孫の変わり果てた姿に目尻に涙を浮かべる。



「申し訳ないことをした。ユウジらがあんなにバカだとは思わなかった。ちゃんと行くべきところに行かせてやるからな」



祖母はヒトミに自分の着物を着せると、その体をおんぶして縁側へ続くふすまを開けた。



ヒトミの体は重たくて、足がガクガクと震えた。



それでも行かなければならない。



復活してはいけない人間が復活してしまったのだ。



この落とし前はつけなければならない。



両足を踏ん張り、奥歯を噛み締めて一歩一歩足を前へすすめる。



この状態で石段を登っていくのは不可能かと思われたが、祖母はそれをやろうとしていた。


神社へヒトミを連れていき、神主さんに謝罪するのだ。



そうすればヒトミはまた死んでしまうだろう。



だけど、それでいいのだ。



そうでないといけなかったのだから。



赤い花を自分の家に移動して不正にお守りをもらうなんて、とんでもない行為だった。



儀式に背いたらどうなるのか。



その恐ろしさは孫のユウジにはちゃんと伝えてきたつもりだった。



それでもわかってくれていなかったのだ。



実際に祭りを体験したことがないのだから、それも仕方ないことかもしれない。



それもこれも、自分の責任だ。



それぞれの家の長がちゃんと言い伝えなければならないことが、自分にはできていなかったのだから。



ジャリッジャリッと地面を踏みしめてようやく広い庭を出る。



立ち止まることもなく、少し休憩することもなく、祖母はヒトミの体をおぶって歩く。



その歩みはとても遅くかったが、確実に前に進んでいく。



そして神社が見えてきた時だった。



不意に背中の感触が変わった。



ヒトミの意識が戻り、祖母の肩に両手を乗せたのだ。



「ひ、ヒトミ?」

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