第47話

「来年の夏、また戻ってくるよ」



もうヒトミはいなくなってしまったが、僕は約束をした。



このまま東京に帰って、素知らぬ顔をして生きていくことはできなかった。



「うん」



ユウジくんも、親戚の家にいながら年に何度かこの家に戻ってくるつもりでいるらしい。



僕たちはそうしないといけないのだ。



「それじゃ、また」



「たまね」



軽く手を振り、玄関を出る。



広い日本庭園を横切って門を出たとろこで1度立ち止まった。



振り向くとそこには本当に立派な家がある。



ここには父母、祖母、それにヒトミとユウジくんが暮らしていた。



大切な思い出のある家。


それが今は誰もいなくなってしまったのだ。



怒涛の一週間を思い出し、僕はまた歩き出す。



駅までは随分遠いがそれでも歩きたい気分だったのだ。



墓地のある丘を背に、神社を背に、池のある森を背に。



僕はもう、振り返らなかった。



☆☆☆


ケイタが出ていった玄関をしばらく見つめていたユウジは、小さく息を吐き出して自室へと向かった。



今から自分も荷造りをしないといけない。



隣町の親戚は、今日の午後ユウジのことを迎えに来てくれる予定になっていた。



当面必要なのは夏服と、教科書など授業で必要なものだけなので、後のものは全部置いていくことにした。



その方が度々この家に戻ってくることができる。



必要最低限のものを詰めたボストンバッグに、学生鞄。



それらを左右の手に握りしめて階段を降りていく。



古い家の階段はやけに急で、下手をすれば足を踏み外してしまいそうになる。



けれどもユウジはこの家で育ったのだ。



この急な階段だってなれたものだった。



荷物を玄関先に置いて、窓や勝手口の鍵を確認する。



すべてちゃんとしまっている。



鍵をポケットに入れて準備が整った時、玄関チャイムがなった。



時刻を確認すると、まだ朝の10時だ。



「早いな」



呟きつつ、早足で玄関へ向かう。



すると再びチャイムが鳴らされた。



「今出ます」



声をかけて玄関の鍵を開けたとき、ふと思った。



親戚は当然ここまで車で来るはずだけれど、車の音がしたかな?



いくら庭が広いといえ、車のエンジン音が聞こえてくれば気がつくはずだ。



首をかしげつつ玄関を開けたその瞬間。



土に汚れた女が立っているのが見えた。



あっと声を出す暇もない。



腐敗した体に土がこびりついたヒトミが、ユウジの首筋に噛み付いた。



ガッ!



ブチブチブチ!!



引きちぎられた肉片を口の中で転がして、恍惚をした表情を浮かべるヒトミ。



ユウジはそのまま玄関に崩れ落ちた。



ヒトミはその体に馬乗りになり、もう1度肉を噛みちぎったのだった。

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