第30話
帰宅すると家族たちは微かな距離を保ったまま、僕とヒトミを見つめた。
僕の隣に立っているのはヒトミであって、もうヒトミではないのかもしれないと、僕自身思い始めていた。
「夕飯はオムライスよ」
重たくなる空気をかき消すように母親が元気に言い、キッチンへ向かった。
普段ならその隣でヒトミも手伝うのだが、今日はユウジくんが手伝うことになっ
た。
ヒトミに手伝わせたらどうなるか、今ではわからないからだ。
ヒトミが戻ったきた日、朝の味噌汁の匂いに感動した。
もう1度ヒトミの料理を食べることができるのだと、涙が出るほど嬉しかった。
でも今ではそれもしぼんで行き、これから先のことが不安で仕方がない。
「できたわよ」
30分ほどで人数分のオムライスができあがり、テーブルに並べられた。
家族で食卓についている間も沈黙が多かった。
みんなヒトミの行動を気にしていて、気が気ではない。
祖母はなにも言わないけれど、ユウジくんを見るときの目つきは鋭いままだ。
ユウジくんはそんな祖母から逃れるようにオムライスをかきこみ、すぐに自室へ逃げていってしまった。
これじゃユウジくんとゆっくり話せるのがいつになるかわからない。
ため息をつきつつ味気ない夕食を終えると、僕が1人で洗い物を受け持った。
「ケイタ、先にお風呂に入ってくるね」
洗い物を片付けていたときにヒトミがそう声をかけてきた。
手にはピンク色のパジャマを持っていて、それは去年僕がヒトミの誕生日にプレゼントしたものだった。
ヒトミはそれを愛用してくれている。
「あぁ」
僕は少しだけ気持ちが和むのを感じて微笑んだ。
あの池で言われた一言はまだ胸に衝撃を残したままだったが、帰宅してからのヒトミはそのことについてなにも言わなかった。
どうしてあんなことを聞いてきたのか、わからないままだ。
洗い物を終えて客間に戻るとようやく人心地がつく思いだった。
いつまでもこの村にいるわけにはいかない。
この村にいる限り、ヒトミは自分があの池で死んだということを思い出すかもしれない。
そう思うと今すぐにでもこの村から出て行きたくなってくる。
ただ、ここを出ていってヒトミと2人で暮らしていける自信はまだない。
やはり僕はまだこの村からでることはできないんだろう。
グルグルとループする思考回路に疲れてきた時、ノック音が聞こえてきた。
自然と姿勢を正して「はい」と返事をすると、母親が入ってきた。
「ヒトミがどこに行ったのか知らない?」
焦ったように言う母親に僕は咄嗟に立ち上がっていた。
「ヒトミはお風呂に行きましたよ」
説明しながら壁かけ時計に視線を向ける。
ヒトミがお風呂に行くと言っていたのは何時だっけ?
咄嗟に頭の中が真っ白になる。
1人であれこれ考えている間に時間は立ち、1時間以上経過していることに気がついたのだ。
「お風呂って、いつから?」
「えっと、1時間くらい前からだと思います」
それくらいなら長湯する人もいる。
そんなに心配することもないだろう。
だけどヒトミははや風呂だった。
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