第36話

ユウジくんが何度もうなづく。



野生動物はきっと弱そうな祖母だけを襲ったのだ。



だからヒトミは無事に帰宅した。



でもそれならどうしてヒトミは家族の誰にもそのことを説明しなかった?



普通なら家族の誰かを叩き起こして事の顛末を説明するはずだ。



それに、ヒトミの口元についた血をどう説明する?



ヒトミが祖母を食い殺したのだ。



そう言われたほうが随分と納得できる。



僕はユウジくんの手をとり「帰ろう」と、小さな声で言ったのだった。


☆☆☆


祖母の葬儀は滞りなく終わった。



もう今年の祭りは終わっているし、祖母が蘇ることは二度とない。



それでもこの村の風習で土葬という形を取られて、僕は初めてそれを見た。



深い深い穴が掘られ、棺桶がゆっくりと下がっていく。



その上に大量の土が乗せられて、ようやく祖母の姿は見えなくなった。



墓があるあの丘の上から家に戻ってきたとき、僕は全身の疲れを感じて頭の中は真っ白だった。



この村に来て2度も葬儀に立ち会うことになるなんて、思ってもいなかった。



すぐに客間に戻って横になろうと思ったのだが「なにか知っているんじゃないの

か?」という父親の声が聞こえてきて、足を止めた。



ふすまを開けて部屋の中を確認してみると、帰ってきたばかりだというのにユウジくんが座らされていた。



その前には父親と母親が真剣な表情で座っている。



覗き見するなんて趣味が悪いと思いながらも、その場から離れることができなかった。



ユウジくんはさっきからうなだれていて、今にも泣き出してしまいそうな声を上げている。



「うんうんうなってたってわからないだろう」



父親に激しい口調で言われて、ようやく顔を上げる。



「あの祭りが本物だなんて思ってなかったんだ」



ユウジくんのか細い声にハッと息を飲む。



「死者が蘇ることなんてありえない。だけど万が一お姉ちゃんが蘇ることができたら。そう思ったんだ」



ユウジくんは1人で告白を続ける。



僕も出て行って一緒に謝るべきかもしれない。



そう思いながらも、最後まで見守ることに決めた。



「それで、どうしたんだ?」



「……赤い花を盗んできた」



その言葉に両親とも絶句し、目を見開いた。



本当に信じられないといった様子だ。



僕はいたたまれなくなり、思い切ってふすまを開いた。



「すみません。僕もそれに手を貸したんです」



ユウジくんの隣に座り、正直に伝える。



「ケイタくんまで巻き込んだのか!」



父親の声は更に激しさをまし、隣のユウジくんは身を縮めた。



「ユウジくん1人ならきっとやっていなかったと思います」



慌てて弁解するが、聞いてもらえない。



父親はユウジくんの前ににじり寄ると、その頬に平手打ちをしていたのだ。



パンッ! と頬を打つ音が室内に響く。


「あの祭りで選ばれなかった人間を蘇らせたらどうなるか、おばあちゃんから聞いてきたはずだ!」



ユウジくんが肩を震わせて嗚咽する。

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