異動(2)

「俺は、異動にはならないよ…」

 喜びもつかの間、後東ごとうさんはそう言った…。

「ってことは、もうひとつ上に上がるってことかしら…?」

 白坂しらさかさんがそう言うと、

「正解」

 この会社でもうひとつ上に上がるということは、本社の役職を兼任するということ。

「もう河崎かわさきのことを考えないくらい忙しくしてやろうと思って、さ…」

 自嘲的に笑う後東さんに、

「仕事に生きる男、ですか…」

 無理だよって声で言ったら、

「後東には無理だわね」

 白坂さんは、もっとストレートに言った…。

「俺、今回で身を引こうと思ったんだぞっ」

 その言葉に、思わずほんの数秒絶句してしまったのは白坂さんもだった…。

「へえぇ」

「そうですか…」

 そうは見えないんだけど…。

「河崎が幸せになるなら、俺はいいやって思えたんだよ…」

 そんなことをさらっと言って、パソコンの画面に向かい、

「でも、もし幸せになれなかったら、今度は遠慮なく…」

 奪う。と言って、お仕事モードに入った…。

「か、河崎さんっ…」

 佐脇さわきさんって、いつからいたんだろう…。

「お話したいことがありまして…」

 意を決した顔をして、どうしたんだろう…。

「会議室、使っていいよ…」

 独り言のような後東さんの呟きに、ありがとうございます。と言って、会議室、使用中。とホワイトボードの余白に書き込んだ。

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