上司との残業(3)

「彼氏と別れたのか…?」

 沈黙を破った第一声が、ソレですか…。

「いや、まだですよ…」

 少し伸びをして、目の前にあるステンレスボトルに口を付ける。

「その言い方だと、もう終わってないか…?」

 向かい側から後東ごとうさんの手が、飲みかけのコーヒーが入っている紙コップを狙っているので、

「買って来ましょうか?」

 話を逸らすためにも、そう言って席を立った…。

「うん…」

 その隙を狙って、紙コップを奪われた…。

「じゃあ、買って来ます…」

 事務所を出てすぐの自販機なので、数十歩でたどり着く。

「じゃあ、俺、ブラックコーヒーなっ」

 したがって、大きな声を出せば聞こえる…。

「砂糖は多めですねっ」

河崎かわさき、ブラックコーヒーに砂糖は入れませんよっ」

 でも、もう砂糖ありを押したので取り返しがつかない…。

「ですよねぇ」

 そう言いつつ、これは私が飲みたい気分だったから、よしとする…。甘い匂いのコーヒーが入った紙コップを右手に、

「ブラックコーヒー、か…」

 そう言えば、彼氏(だったヒト)はブラックコーヒーが苦手だったな…。キスした時に苦いって言って、甘い雰囲気が台無しになったことを思い出した…。

「はぁ…」

 何か無駄に傷付いた気分だ…。

「よしっ」

 紙コップを掴んで、事務所に戻る。

「河崎、ありがとう…」

「いえいえ、どういたしましてっ」

 私の笑顔に、後東さんは顔を引きつらせて、

「毒、盛りました…?」

 後東さんが言う「毒」とは、コーヒーに砂糖を入れたことを意味する…。

「どちらかに、多めに」

 さぁ、どっちを選ぶ?

「うーん…」

 真剣に悩む眼差しが近くて、

「はい。こっちがブラックコーヒーだよ」

 左手で持っていた紙コップを差し出した。

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