甘い。苦い。

『腕時計、返す』

 要らないと断っていたのだが、家まで来ると連絡が来たので、彼氏(もうすぐ元カレ)の家に近い喫茶店で待ち合わせをした。

「お久しぶり」

 私が待ち合わせ時間より早く来たにも関わらず、すでにいた…。

「お久しぶり…」

 彼氏(元カレと言っても過言ではない)の手元には、以前私がお渡ししたモノらしきものがあり、私が席に座るなり、

「返すよ…」

 小さめの手提げ袋を私の元に置いた…。

「はい…」

 包装されたまま、か…。

「じゃあ、さよなら…」

 注文した飲み物が届いて、

「飲んでいいよ…」

 そう言って、元カレは席を立って会計へ行ってしまった。

「はい。さようなら…」

 その背中にそう言って、目の前にある甘ったるい匂いのする飲み物を一口飲んだ…。

「甘い…」

 こんなに呆気ないものなのか…。

「はぁ…」

 こんなにも喪失感がないものなのか…。会ってなかったからかな…。

「失礼いたします…」

 テーブルでうなだれていたら、店員さんが飲み物を置いた…。

「頼んでませんけど…」

 正確には、まだ何も注文してない…。

「先程、こちらの席に座られておりました男性からお連れ様に、と頼まれましたので…」

 失礼いたします。と一礼して、店員さんは素敵な笑顔と共に去って行った…。

「苦い…」

 元カレの粋な計らいに、不覚にも涙が溢れてしまった…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る