第33話 昔馴染みと再会する場合
幸か不幸か、放課後の二年B組の教室に夕花はいなかったのだが。
それが分かるやいなや、ファインは夕花を探しに教室棟から脱兎の如く出て行った。
そして始まった、FAS内サラ・ファイン捜索ミッション。
『西岸ぱっと見いないっぽい。ちょっと探してみる』
『東岸はまだ見つかっていませんわ』
携帯端末のメッセージアプリに着信が入る。
ファインが向かう可能性の高そうな東西沿岸の訓練場にそれぞれアリス先輩と
一方の俺はと言えば。
『図書館は居なかった。今シミュレータ室向かってる』
と文字を打ち込んで送信。端末をポケットに仕舞い込んで走る。
俺の方は夕花を探していた。ファインは夕花を探してるわけだから、俺が先に夕花を見つけてしまう方が手っ取り早い。そう考えての捜索だった。
なにより、夕花の性格はよく知っている。あいつは平日の放課後に友達と遊びに出るようなタイプじゃない。というか、学校終わりにあいつがやることにそこまでバリエーションはないはずだ。
今日は図書館で調べ物と、いうわけじゃなかった。であれば。
図書館の隣、トレーニングジム棟。その一階にあるシミュレータ室の自動ドアをくぐる。
教室よりも数段広いこのシミュレータ室には、高さ2メートルほどの卵形の機械――フライトギア・シミュレータが十数台ほど配置されている。
このシミュレータは、構造を簡略化した模擬フライトギアとVR筐体が組み合わさったもので、フライトギアによる屋外飛行を疑似体験できる。何らかの理由で訓練場が利用できない場合や、風速や天候などの状況を細かく設定・再現して練習する際などに用いるものだ。
シミュレータ室に入って周囲を見渡す。使用中のシミュレータは、筐体上部のリング状インジケータが緑色に点灯する仕組みだ。今使用しているシミュレータは……ざっと五台。そのうちの一台は、シミュレータ室の一番奥の筐体だった。
「居るとすりゃあれだな」
迷うことなく歩を進める。目当てのシミュレータに近付くと、筐体脇の設定用PCに向かってキーを叩く、インナーウェアを着た女生徒の後ろ姿が見えた。髪の色は漆黒。艶のある長い黒髪は肩までの長さ。PCを弄っている最中でも、姿勢はしゃんと伸びている。
「夕花、ちょっといいか」
迷うことなく声を掛ける。振り返った女生徒は切れ長の目をこちらに向けると、すっと目を細めた。しなやか、かつ鋭利。そう表現するのが適切だろう表情と空気。それが
「宙彦」
聞き慣れた、か細くも不思議と通る声。
鋭い空気をまといながら、夕花はなにを言うのかと思えば。
「おめでとう」
「は? ……ああ」
一瞬考えたが、すぐに思い当たった。恐らくファインに姉貴の機体を預けたことに対する「おめでとう」だろう。
普通の奴ならついて来れなさそうな話題の飛躍。だが、俺と夕花はかれこれ十年以上の付き合いだ。なんやかんや、嫌でも察せられる。
「まあ、めでたいかどうかはわかんねえけどな」
「そう?
一旦言葉を切る夕花。鋭い表情はそのままに。
そも夕花は、何を言うにも声色を変えない。しなやかで細い、いつも通りの声音で言う。
「――――私には、宙彦があの子を選んだ理由が分からない」
「……それはあれか、俺とあいつを舐めてるのか?」
「舐めてはない。でも私には、あの子が特別には見えなかった」
「言っとくけど、あいつは並のプレイヤーとは違うぞ」
「言っておくけど、蒼姉さんは並のプレイヤーとはレベルが違った」
二人共が言いたいことを言い切って、沈黙が流れる。
いちいち言葉の意味を確かめることはしない。夕花の言いたいことは嫌でも分かる。
ただ、俺はあいつを――――ファインを信じている。
今はまだ実力が足りなくとも、あいつはいつか姉貴に追いつく。その素質がある。
ファインと姉貴の両方を知る俺だからこそ、そう断言できる。
逆に言えば、夕花はファインのことを知らない。だから疑うのだろう。
なら、やるべきことはたった一つだ。
「見極めてみるか。サラ・ファインを」
「言われなくてもそのつもり。でも今日は無理」
そう言うと夕花はシミュレータの調整PCに向き直り、とてつもないスピードでキーを打ち始める。モニターの設定パラメータがみるみるうちに書き換わっていく。
「いいマニューバを思いついたの。今日はそれを試す日だから」
たん、と軽くキーを叩き終えると、夕花はこちらを振り返りもせずにシミュレータの扉を開き、卵形の筐体の中に入っていった。
ぶうん、とシミュレータが起動する音を聞き、俺はひとつ溜め息を吐く。
「……相変わらず、マイペースなことで」
それとほぼ同時に、メッセージアプリの着信。携帯端末を取り出して画面を見ると。
『東岸でファインさんを確保いたしましたわ。褒め称えてもよろしくてよ?』
これは、タイミングが良いのか悪いのか。
とりあえず『了解。アリス先輩すげー。じゃあお開きで』とだけ返す。
今日はいろいろとバタバタしすぎた。夕花のマイペースを見習おう。
軽く伸びをして踵を返す。背後のシミュレータは、静かな駆動音を鳴らし続けていた。
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