第17話 休日にやらかしてしまった場合
説明が終わって、担当医の先生が病室を出る。
そこでようやく一息吐いて、起こしていた身体をベッドに預けた。
ぼふっ、と枕が頭を受け止める音。病院の天井はやっぱり白なのか。
なんて考えていると、病室のドアががらりと開いて。
「空木先輩!」
という言葉と共に、見知った顔がベッドまで駆けてきた。
白金色のボブヘアを乱し、蒼い瞳には少し涙が浮かんでいる。ファインだった。
「大丈夫ですか!?」
「まあ、軽傷だよ。明日には退院だとさ」
「ごめんなさい、私のせいで――――」
「先に言っとくけど土下座はナシな。あと別にお前のせいじゃねえよ」
と牽制の言葉を投げておく。そうしないとマジで土下座しそうな勢いだった。
憔悴した様子で俯くファインに「大丈夫だ」と親指を立てる。
「ピコちゃん!」
「宙彦、無事?」
ファインに引き続いて安曇野と旺次郎も病室にやってくる。心配そうな表情をしている二人にも親指を立てて返すと、各々ほっとした様子を見せた。
……正直、なにが起きたのかはあまり覚えていない。
気が付いたときには身体が動いており、必死でファインの身体を歩道へ引き込んだ。
そこまでは覚えているが、その後の記憶はあいまいだ。聞くところによると、俺は車と結構派手に接触したらしい。ただ、幸運なことに擦り傷と打ち身くらいで大した怪我は無かった。各種検査でも異常はなし。
一応様子見で今日一日だけ入院となったが、結果的に大事にはならなかった。
だから、大丈夫。そんな感じのことを三人に説明した後。
「しかし、ファインが無傷だったのは我ながらファインプレーだな。……なんつって」
渾身の洒落を飛ばしてみたが、場の雰囲気は毛ほども明るくならなかった。
安曇野が、少しばかりむっとした表情でこちらを見て、口を開く。
「ピコちゃん。こういうの、よくないよ」
「よくないつったって、他にどうすればよかったんだって話だろ」
「それでも! こういうの、よくない」
一瞬声を荒げる安曇野。俺の行動に思うところがあったのか、いつもより険しい表情で俺を見つめている。「悪かったよ」と謝ると「……うん」と短い返事だけがあった。
「なんにしても、みんな無事でなによりだね」
ひとり落ち着いた声色の旺次郎は、持っていた紙袋をベッド脇に置いた。
袋の口を覗くと、服のようなものが見える。恐らく俺の着替え一式だろう。
「悪いな、手間かけさせて」と言うと、旺次郎はにこりと笑って。
「手間の方は大丈夫だけど心配はかけさせないで欲しかったかな」
「お前まで手厳しいのかよ……」
「それはそうでしょ。ファインさんを助けるまでは良かったけどね、自分が怪我してちゃ片手落ちだよ、宙彦」
叱るような、呆れたような声音で、旺次郎は俺をたしなめる。
見た目は小柄なおぼっちゃんだが、中身は俺より数段落ち着いている。
「まあ、下手こいたのは確かか。すまん」と頭を下げると、旺次郎はにこりと笑って。
「でもまあ、怪我さえ無ければ百点の行動だったと思うよ? 流石宙彦って感じ」
「だろ? 俺も自分の事ながらめっちゃ良い反応したなとは――――」
「そこで調子に乗るとダサいよね」
「……すんません」
どうも、旺次郎には敵いそうにない。
誤魔化し気味に「そういえば、ファイン」と話を振ってみる。
「怪我とか痛むところとか、本当に無いか? ちょっとでも違和感があったら医者に言った方が良いぞ」
なかなか苦し紛れの話題そらしだったが、出た言葉は全くの本心からだった。
一応検査はしたというが、もしかしたらという可能性もある。そういった心配もあっての言葉に、ファインはすっと俯いた。
「それが、その」
「……なにか、あったのか」
「身体の方の異常は、無いんですけど」
言い淀むファイン。痛みや違和感とは別で、なにかが起こったのだろうか。
そう考えて、ふと思い出す。ファインがあの時、なにを担いで歩いていたのかを。
そして、どこか苦しげに、ファインが言葉を絞り出す。
「…………わたしのギア、壊れちゃいまして」
◇
ファインが持っていたギアの格納バッグを開け、中身を確認した。
各部のアーマーには割れや曲損があり、ヘルメットのフェイスガードにヒビが入っているのが見えた。ウイングロッドは折れており、バックパックの外殻部にも破損が見える。
恐らく、事故を起こした車に格納バッグを踏まれたのだろう。フライトギアはその大部分が軽量・高強度のカーボン繊維強化プラスチックで出来ているが、この素材は特定方向の圧縮強度が弱い、という欠点がある。重量物に潰されると、流石に破損は免れない。
「修理は……ちょっと、厳しそうか」
曲がった部分の修正は可能だが、割れた部分の修復は難しい。技術的な困難さがある上、補修部の強度も大きく落ちてしまう。
「壊れたところを取り替えるのは? ピコちゃんの家のパーツとかでさ」
「……ファインの機体はクインビー。現行のインガルスより一世代前の機体だ。うちの店含め、在庫状況はそこまで期待できねえ。あと、ウイングロッドなんかは人気なさ過ぎてほぼ百パーセントメーカー取り寄せになる。そうなると時間が足りねえ」
「オーバーホールに出して、ギアが返ってくるまで勝負を待ってもらうのはどう?」
旺次郎の提案は真っ当なモノだった。
部品が足りるかも分からない急場しのぎな修理より、メーカーにオーバーホールを頼むのが確実なのは目に見えてる。時間は掛かってしまうが、それまで笹川君に待ってもらえばいい。それが一番の安パイだ。
ただ、その真っ当な案に対して。
「いや、です」
誰でもないファイン自身が、明確な否を示した。
「わたしが持ちかけた勝負です。
こちらの都合で待ってもらうのは、違う気がします」
その言葉は良く言えば意志が固く、悪く言えば意固地になっているようにも見えた。
「サラりん、こんな時に意地張らなくても――」
諫めるような安曇野の言葉。大概ノリで生きてる安曇野にここまで言わせるほど、今の状況は最悪で、ファインの意見は感情的だ。でも。
「安曇野」と声を掛ける。振り返った安曇野はらしくもなく弱気な様子で、思わず笑ってしまいそうになった。
「意地なんて、張らずに済めばそりゃ一番だけどな。
――――そうもいかねえ奴だっている」
例えば、未練がましく姉の影に追いすがる、どこかの弟。
現実を認められず、自分勝手な思いを捨てられないままでいる、情けない奴。
そいつだって、忘れられることなら忘れたかったけど。
あの時からへばりついたままの悔しさは、なにをやっても消えなかったから。
「予定通りやるつもりなんだな、ファイン」
「はい。必ず」
真っ直ぐに俺を見つめてそう言ったファインに、応えないわけにはいかなかった。
「なら、手は一つだ。インガルスを借りて調整を加える」
「ウイングロッドは……マイナーパーツだし、借りられなさそうだな。うちの店でも取り寄せになる。一応探してはみるけど、望み薄だと思っとけ」
「はい。すみません、ご迷惑を……」
「こういうときはありがとう、だ。それに――」
こんな事態になったのは半分俺のせいでもある、と言いかけてやめる。
そんなことファインは聞きたくないだろうし、認めないだろうから。
「いや、なんでもない。それより、レンタルのギアはアーマーやらソフト周りの微調整が要る。モノを借りたら、お前のクインビーも用意してすぐに俺を呼べ。爆速で調整してやる」
「でも、わたしのギアは壊れて――――」
「大丈夫だ。アーマーはダメかも知れねえが、バックパックは中身の関係上強度が特別高くできてる。車に踏まれたくらいじゃどうってことねえよ。そんで、パックの中身が無事ならインガルスの調整はほとんど時間が掛からねえ」
個人所有のギアには例外なく、機体調整用のAIが搭載されている。所有者の身体情報やプレー記録などに応じて各部へ細やかな調整を施し、機体の反応性を上げるためだ。
この機体調整用AIからデータを引っ張ってきてレンタル機体に反映させてやれば、借りてきたギアでも違和感なく操作することができるようになる。
その他にもやれることは、やることは山ほどある。
現状可能な限りの手を尽くして、ファインを飛ばせる。今考える必要があるのは、それだけだ。
「いいかファイン、やるって決めたんなら折れるんじゃねえぞ。
お前の気持ちが折れない限り、俺はお前を飛ばすことに全力を掛けてやる」
「……いいん、ですか?」
自分から言い出しといて若干不安げなファインに、溜め息を吐く。
自信がないからじゃない。たぶん、俺に手間を掛けることに対しての不安だろう。
そんな無駄なことに思考を裂いている暇なんかないというのに。
「良いか。時間的な余裕もねえし、一回しか言わねえぞ」
ファインを見つめて、俺ははっきりと言う
「飛びたい奴を飛びたいように飛ばせるのが、
――――この瞬間から、俺の戦いが始まった。
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