第18話 仕切り直して訓練をする場合



 月曜日。休み明けと同時に退院が叶った。身体は異常なし。


 ファインは早速機体をレンタルしたようで、放課後のベルと共に二年A組に駆け込んできた。ちなみにクラスの連中はもう、ファインが唐突に教室に突っ込んでくることにいちいち反応しなくなっていた。順応性が高くてなによりだ。


 そして俺は、二機のギア――壊れたクインビーとレンタルのインガルス――を背負って学内の工房棟に来ていた。

 この工房棟には、フライトギアの整備・改良に必要な機材の揃った貸し工房が並んでいる。技術科生徒御用達の建物だ。ただ。


「なんか、久々だな」


 俺の場合、土日には実家の店――ここと同等かそれ以上の設備がある――に戻っており、必要な作業や課題は大抵実家で行っていたため、工房棟に来るのは久々だった。

 覚えている限り、最後に使ったのは一年生の時。安曇野あずみのの機体をチューンして以来になる。


「……あの時も確か、めっちゃ急いでた気がするな」


 記憶を掘り起こそうとして、やめておく。

 今はそんなことを考える必要も余裕も無い。一刻も早く調整を終わらせ、ファインに機体を届けなければならない。


「――――よし、集中するか」


 第7工房と書かれたドアの前に立ち、借りてきたカードキーをドア傍の端末にかざす。

 工房の扉が静かに開く。同時に鼻を突く樹脂と油のにおい。部屋の中央には作業台が鎮座し、壁際には電子機材と工具が並んでいる。久々に見る、しかし見慣れた光景。


「気合い入れろよ、俺」


 自分の両頬をぱしんと叩き、俺は工房に足を踏み入れた。




 ◇




「調整終わったぞ。これで一応、違和感なく飛べると思う」


「え、うそ!?」


「迅速です!?」


 と、驚きをみせたのは安曇野とファイン。

 待たせていたのもあって、可能な限り早く西岸訓練場に持ってきたのは確かだが。


「そんなに驚くことでもねえよ。作業自体はアホでも出来るからな」


「そうなんです?」と問うファインに、インガルスのバッグを渡しつつ。


「予想通りクインビー側のパーソナルデータは無事だったから、それをインガルスに移植しただけだ。後は、データ移植待ちの間にアーマーを調整したくらいだな」


「アーマーに調整が必要なんですか?」


「ああ。いくら自分の体型に近いものをレンタルできるっつっても、試着して調整を重ねた所有機と同じ装着感は得られねえ。装着時の違和感を少しでも無くすための調整が要るんだよ」


 フライトギアは、思考と肉体の挙動によってコントロールされる。

 そのため、装着者がギアに少しでも違和感を覚えれば、それが挙動に表れる事が多い。空飛ぶ機械というのはおしなべてデリケートだ。

 なので今回、アーマーの調整には特に気を遣った。


「壊れててもアーマーの概形は分かるからな。それとパーソナルデータを照合すれば、装着者のだいたいの体型は把握できる。それを基にインガルスのアーマーの寸法を微調整した。つっても、実際にフィッティングするまで違和感が消せてるかはわかんねえけど」


 いくら腕のある技術者でも、フィッティングのフィードバックなしに一発で調整を決めるのは難しい。装着者の違和感を消す究極の手段は結局、試着と飛行の繰り返しのみだ。

 つまり、後はファインがインガルスを装着して飛行し、その体感を聞き取って機体調整に反映させる作業に入る。よって、ファインにギアを装着してもらわないとダメなのだが。


「……」


 例によって既にインナーウェアに着替えているファインが、なぜか一向に動かない。

 受け取ったインガルスのバッグを手に持ったまま、なにやら微妙な顔をしている。


「……あの」


 ファインがぎこちない様子でこちらを向き、尋ねる。


「体型、分かるんですか?」


「そりゃまあ、直接身に付けるものを整備するのがフライトギアの技術屋だからな。

 アーマー見ただけでだいたいの骨格やら肉付きは把握できるぞ」


 言ってから、はたと気付く。この発言は微妙にまずくないだろうか。

 と考えていると案の定、ファインの顔が徐々に赤くなっていき。


「せ、せ、せ――――」


 悲しいかな、言わんとしていることはすぐに分かった。


「セクハラです!」


「セクハラじゃん!」


「うん、この展開はなんとなく読めたけども! というか安曇野もかよ!?」


「知らなかったし! あたしのも分かるって事でしょ!? 普通にセクハラじゃんか!」


「や、でも、仕方なくね!? 知ろうと思わなくても分かるもんは分かるんだから」


「でも恥ずかしいものは恥ずかしいです! なんというかこう、配慮が欲しかったといいますか!」


「つーかそういうことは先に言っとくもんじゃない!?」


「くそっ、案外正論でぐうの音も出ねえ……!」


 ――――そんでもって。 

 以後しばらく、二人にさらに正論をぶちかまされ、本当にぐうの音も出なくなり。


「……たいへん申し訳ございませんでした。以後本情報の取扱には細心の注意を払います」


「よろしい」


 リアルに土下座するのは初めてだった。なるほどファインはこんな気持ちだったのか。

 と思いつつ、仁王立ちする安曇野の目の前で平伏する。

 顔を上げると、若干むくれた安曇野と、なぜかおろおろしているファインの姿があり。


「あ、あの、土下座までする必要は……」


「この中で一番土下座経験のあるファインにそれを言われるとは思わなかった」


「わ、わたしの頭なんて軽いものですし!」


「んなことはねえと思うぞ。この状態の俺が言うのもアレだけど」


「で、これからどうするの? セクハラちゃん」


「とりあえず、一通り飛んでみてファインに違和感を確認してもらいたい。あとセクハラちゃんは勘弁してもらえねえだろうか安曇野」


「それじゃあ、時間ももったいないし、早速始めよっかサラりん」


「安曇野さん? リクエストの方は聞いてもらえておりますか?」


 などという俺の問いを安曇野は華麗にスルーし、ファインの背中を押して「さー張り切っていこー!」とエールを飛ばす。


 俺の方をチラチラ気にしつつ「え、あの」とおろおろするファインはしかし、安曇野の勢いに押されてあっという間に自動装着ポートに連れて行かれ。


「はいはい、さっさと装着する!」


「は、はい! そ、それでは――――装着!」


 ――――という感じで機体の調整とファインの訓練が始まって。


 しばらくの間、ファインの飛行の様子を見つつ、機体の微調整をしていたのだが。


「……ちょっと、まずいな」


 ――――こいつはどうも、一筋縄ではいかないようだ。

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