第5話 新入生が戦うイベントの場合




 フライトアーツスクール。


 東京沿岸の巨大人工島『オノゴロ』上に存在する、フライトアーツ専門の巨大教育機関。

 全寮制の学園施設であり、昼夜問わずFAに関する技術や知識を学ぶ環境が揃っている。

 加えて特徴的なのは、そのオープンさだろう。


 フライトアーツはそもそも、純粋なエンターテインメントとして創造された競技だ。

 競技者、技術者、競技会運営者、その全てがショービジネスのパーツでもある。

 そのため、学内で開かれるあらゆる競技会は、観客を動員して行われる。

 FAというショーに携わる者としての心得を養う、これもまさに教育の一環というわけ。


 そんな競技会のひとつが、新入生戦だ。




 ◇




「ひゃー、最前列! やっぱり優待は良い席ぃ」


「ま、一応関係者席だからな」


 目の前に広がる大海原に、安曇野あずみのは両手を広げて喜んでいる。

 南岸第一訓練競技場。FASがあるオノゴロの南に位置する訓練施設だ。 

 観客席は海側を向き、島の岸に沿って数列が並んでいる。

 客席数は千席くらい。ざっと見るに、八割方は埋まっていた。

 競技開始まであと十分。これからまだまだ客は増えるだろう。


「サラりん出てくるまで結構時間あんの?」


「ファインの出番は二戦目だから、まあ、十五分くらいはあるんじゃないか」


「えぇー、暇じゃーん。購買でなんか買ってこよっかな」


「暇ってお前……新入生戦っつったって競技会だぞ、興味ないのか?」


 安曇野は競技科――フライトアーツ競技者になるための学科――に所属している。

 つまり、今から試合をする新入生たちは、将来こいつのライバルになるかもしれない存在なのだが、当の安曇野は退屈そうに前髪を弄っており。


「今日はサラりんの応援だしー、視察とかそういう気分じゃないしー」


「ったく……去年のお前とはえらい違いだな」


 軽く挑発する気で言ってみたら、安曇野はくすっと含み笑いをした。

 去年のこと、触れられたくないことに触れたつもりだったが、こいつはこいつなりに飲み込んでいたようで。


「これがあたしなの。去年が変にやさぐれてただけっつーかぁ。それにさぁ」


 と、安曇野の表情から柔らかさが消える。

 海を見つめるその目は冷静に、けれど熱量を持っていて。


「自信あるし。下からの突き上げがなんだって話ー」


「そりゃあなんとも、格好の良いことで」


「でしょ? もっと褒めろー?」


 と、一瞬でおふざけモードに戻った安曇野に、わざとらしく溜め息をくれてやる。

 とはいえ……内心、よかったと思っていたりはする。

 人間誰しも、朗らかで元気なのが一番なのだから。


「つーわけで喉渇いたからなんか買ってくるわ! そんじゃ!」


 と言っても、今の安曇野は少々元気すぎるかもしれない。

 しゅたっと立ち上がってしゅばばっと走り去った派手髪女子に、再び溜め息を吐く。


「自由人め……」


 すると、客席のざわめきがにわかに大きくなった。

 会場の安全確認のため、フライトギアをまとったスタッフが飛行し始めたのだ。

 各所に浮遊する球体上の機械――GIPジェネレータへ向け、二つの鎧が薄白い燐光を発して飛翔している。

 第一試合の開始まで、残り五分を切っていた。




 ◇




 フライトギア飛翔の源、GIP――重力絶縁粒子Gravity Insulate Particle

 白の燐光を発する幻想的なこの粒子は、二つの特性を持っている。


 一つ目は名前の通り、重力の絶縁。

 重力場からエネルギーを吸収することで、重力の相互作用を絶縁してしまう特性。

 雑に言ってしまえば、GIPが浮遊する空間内の物体はのだ。

 そして、空間内におけるGIPの密度を増やせば増やすだけ、軽量化作用は増大する。


 二つ目の特性は、斥力場の発生。

 GIPは一定以上の密度に到達すると、吸収した重力エネルギーを全て運動エネルギ――つまり斥力場に変換して放出してしまう。

 これは一つ目の特性のになる。軽量化には限界がある、ということだ。


 丁寧に説明すればそれぞれ長くなるが、要はこういうことになる。

 ――――GIPは、ことができる。


 その性質を利用すれば、GIPのフィールドをまとって自重を軽くし、密度操作で発生させた斥力場を推進力として空を飛翔する機構が実現する。

 それが、フライトギアというわけだ。




 ◇




『第一戦、す、スタートクロックまで、残り一分です!』


 実況役の女生徒のたどたどしい声が、スピーカーから会場へと響いた。

 同時に客席のところどころから漏れた笑い声には、どこか暖かいものが感じられる。

 新入生による初実況。これもまた、新入生戦の醍醐味だ。


 さて、スタートクロックについて。


 フライトアーツの戦場は、『ボックス』と呼ばれる一辺二百メートルの立方体空間だ。

 地上十メートルあたりを底辺に、GIPのフィールドで囲まれたこの薄白いボックスの中で一対一の戦いがスタートする……というわけではない。


『残り、三十秒!』


 スタート位置は、ボックス下の海上に浮いている二隻の小型船、『スタートシップ』だ。ここにそれぞれ選手が待機している。

 このスタートシップは、スタートクロックが動き出すまで、一定の範囲を自由に航行できる。シップの位置取りは、次の展開に入るための重要なプロセスだ。……とはいえ。


「……新入生だし、そんなに派手な動きはねえか」


 二隻ともが、薄白い巨大立方体を挟んで側面直下あたりに陣取っている。

 スタートの際に無駄な読み合いが生じない、無難な位置取り。お互いに差異は無い。


 加えて、よく見れば二人とも同じフライトギアを使用している。

 ヘルメットは、顎元が開いたジェット型。両手足と胴を守る灰色のアーマーは、人間のシルエットに似せた曲線を帯びている。背負ったバックパックも空力を考えた流線型を描いており、結果として全体のシルエットはスマートな印象を抱かせる。

 WOG-303『インガルス』。FAS制式採用機体の一つである、汎用タイプのフライトギア。学生の使用率が最も高いギアなだけあって、やはり新入生にも人気のようだ。

 

 双方、同じ機体。違うのは、手に持った杖状の装備、ロッドだけ。

 片方は、九十センチ程度の長さの、ごくスタンダードなロッド。

 もう片方は、身長と同程度の長さのロングロッドの先に、銃身のような機構が付いたもの。


『残り、十秒です!』


 と、観察している間にスタート直前。

 観客のボルテージも上がっている。今大声を上げたのは、出場選手の親御さんだろうか。

 このスタート前のワクワク感は、新入生戦だろうがランク戦だろうが変わらない。

 もうすぐ飛び立つ。もうすぐ始まる。期待を持ってその時を待つ。

 そして――――


『三、二、一、――――す、スタートクロック、グリーン!』


 クロックが動いた瞬間、ボックス上面のGIPフィールドが消失。

 少し遅れて、それぞれのシップからフライトギアが飛び立った。

 白の光をく二機は、迷いなく真上へ飛翔していく。試合開始だ。


 さて。新入生の実力、見てみようじゃないか。





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