第4話 顔馴染みが同じクラスだった場合
フライトアーツ、という競技がある。
空を切り取った直方体のリングで行われる、フライトギア装着者同士の白兵戦。
どちらかが飛べなくなるまで互いを削り合う、一対一の
純粋なエンターテインメントとして生まれた、新時代のショービジネス。
このフライトアーツ――FA界における日本は、いわゆる先進国だ。
人の飛翔を可能とする装置『GIPジェネレータ』が生まれた場所であり、世界初のFA専門教育機関『フライトアーツスクール』、通称FASの所在地でもある。
必然、日本はFA選手の育成についても先進的で。
幼い頃からFAの道に進み、頭角を現す選手も少なくない。
たとえばそう、六年前。
幼少期より目覚ましい才能を発揮し、当時中学生ながら『蒼翼の彗星』とあだ名されていた選手。将来は必ず世界に羽ばたくものと誰もが信じて、しかしそれがついぞ叶わなかった選手がいた。
それが、
◇
まず、わざわざ全学生を講堂に集めたりなんてことはしない。
各教室備え付けのモニターで、学長の講話(毎回きっかり三分)を流してハイ終了。下手したら普通の学校のホームルームより迅速だ。
母体が先進技術を扱う企業なだけあって、こういうとこは合理的らしい。
合理うんぬんのついでに言えば、クラス担任の教師も存在しない。
その代わり、各学年各クラスの教室に、諸教務を担当する対話型AIが常駐している。
この教室――二年A組もまた、三十名程度の学生が集まって学長の話を聞いている中、モニターの端にクラス教務AIのアバターである赤いアホウドリのマスコットが映っており。
そして今、学長の話が今回も丁度三分で終わったところで。
赤色のアホウドリが、その見た目に似合わないバリトンボイスを発した。
『では、学長講話をもって第一学期の始業式を終了する。
授業スケジュールおよび教材資料は既に配布されているので、各自の個人端末で内容を確認しておくように。なにか質問は?』
「ないと思いまーす」
と、誰に言われるでもなくクラスを代表して、軽い調子の女子の声が響いた。
案の定、その女子の言葉に反対するやつは誰も居ない。それを確認してか、赤いアホウドリはこくりと頷いて。
『ではこれより、一限目の開始時刻までの十分間を自由時間とする。なお、本時間において当方は常時アイドリング状態にあるため、都度質問があれば回答可能である。本時間を活用し、疑問を解消しておくように』
「りょ! よろしくアカバっち!」
『……女子出席番号一番、
「そーだよ? 赤い
『訂正する。当方は二年A組教務担当AI、識別コード『RAー014598』である』
「りょ! よろしくアカバっち!」
『再度訂正する。当方は――――』
と、教務AIことアカバっち(恐らくあだ名として事実上決定した)と安曇野が似たようなやりとりをループさせている中。
さて、どうしたものかと思案する。
ちなみに選択授業のことじゃない。どんな授業を選ぶかは春休みの間に決めている。
目下の悩みは、例の新入生――――サラ・ファインだ。
姉貴のファンを自称する元気娘。恐らく今後も、姉貴関連で俺に絡んでくると思われる。
……あの手の学生は過去、いないわけじゃなかった。
自慢でも何でもなく、空木蒼は有名だ。現役だったのは6年も前の話だが、当時はかなり大々的に活躍ぶりが報道されていたから。
そして当然、そんな姉貴の引退についても、当時は派手に報道されていて――
と、あまり思い出したくもない記憶を掘り返していると。
不意にぽんぽんと肩を叩かれ、振り返る。
そこには、ベースの黒に緑のインナーカラーを入れた、派手髪のサイドテール女がいた。
ブレザータイプの制服のタイは赤色。もちろん、同学年を示す色だ。
「しゃっすー、ピコちゃんおひさー。同クラだねー」
と、先ほどAIに妙なあだ名を付けたときと同じく、軽々しい口調で挨拶をしてきたのは、
ピコちゃんというのは、不本意ながら俺のあだ名だ。本当に不本意なんだが言って聞く奴でもないのでもう諦めている。
「おう、安曇野。アカバっちとのやりとりは終わったのか」
至って自然に軽く返したつもりだったがが、なにやら安曇野は含み笑いを浮かべている。というか口で「にやにや」とかつぶやいている。これはなかなか不愉快だ。
「……なんだよ、朝っぱらから気持ち悪いな」
あからさまに不機嫌にそう返せば、安曇野は楽しげに肩を組んでくる。……距離が近い。恥ずかしい。年頃のお嬢さんなんだからもう少し意識してもらいたい。
「聞いたぜー? なんか、一年生の子助けたんだって?」
「……どこから聞いてきたんだよ」
「へへ、そりゃまあ、いろいろなところから? あたし、ピコちゃんと違ってダチ多いしー」
「一言余計だぞ黒緑頭」
安曇野の体温に少しだけ心拍数を早めながら、軽口混じりに突っ込む。確かに俺は友達が少ないが別に困っていないからこれでいいんだ。そう、別に困ってないから。
「助けたっていうか、たまたま現場に居合わせたから方々に連絡しただけっていうか」
「照れんなよー、そういうのも助けたうちじゃん?」
「お前がそう思うんならそれでいいけど。あと照れてはない」
「へへ、また照れた」
「照れてないって言ってますけど?」
「うひゃっ、キレたキレたー! こわーい」
「は? キレてもいませんけど?」
わざとらしく飛び退いた安曇野に少しほっとしつつ、しばらく言い合いをする。
なんだかんだ、安曇野と話しているとラクだ。軽口やちょっかいはかけてくるが、地雷ポイントは絶妙に避けてくれる。雰囲気読みの達人だ。
コミュニケーション強者ってのはこういうやつのことを言うんだろう。などと、久々の会話で安曇野に関心していると。
「つーかピコちゃん、意外と元気?」
ふと、何の気なしに安曇野が尋ねてきた。
「なんとなく元気ねーな、と思ってちょっかいかけに来たんだけど、意外とふつーであたしがっかりっていうか」
「クラスメイトが元気でがっかりするなよ」
「ええー? 落ち込んでるとこ慰める方がポイント高いじゃん?」
「何のポイントだ何の」
なんて馬鹿話をしている最中、突然教室のドアがばぁんと開いた。
現れたのは、はつらつ笑顔のプラチナブロンドボブカット女子。
二年A組の教室を一瞬で静寂に包んだサラ・ファインは、きらきらと青い瞳を輝かせ。
「おはようございます! 空木先輩はいますでしょうか!?」
と、精一杯の声で挨拶をぶちかました。
「――は?」
突然すぎて呆気にとられている中、ファインはめざとく俺を見つけ、その大きな目をさらに見開かせた。
「あ! おはようございます先輩!」
そのままずんずんと教室内を突き進み、ファインは俺の目の前まで来た。恐らく新品のはずの制服は既に少し着乱れ、青色のタイはあらぬ方向によれている。
「今は自由時間とのことでしたので、超特急で先般のお礼をしに来ました!
改めまして、先日はありがとうございました! 先輩にギアを点検して頂いたおかげで、問題なく実技授業に参加できそうです!」
言い終わると同時に腰を九十度曲げて頭を下げたファイン。
ここまでの行動のあまりの勢いの良さに、席に座りながら思わずたじろぐ。
「そ、そりゃよかった。
ところでファイン、俺、クラスとか教室とか教えてなかったよな?」
「はい! なのでここに来る途中、いろんな教室でいろんな人に尋ねました!」
「あー、っと、一応訊くけど、どういう風に?」
「もちろん、先ほどのように教室にお邪魔してですが?」
「そっかぁ、行動力バグってんなぁ」
「ほぁっ!? お褒めにあずかり光栄です!」
「褒めてはねえかな、うん」
というやりとりの中で、なんとか平静を取り戻す。
そんな、新二年A組がちょっとした混乱に陥れられている中、さすがと言うべきか口を開いたやつがいる。そう、二年きってのコミュ強ギャルだ。
「はじめまー。例のサラ・ファインちゃんであってる?」
「は、はい、はじめまして! 例の、というのがなんなのかは分かりませんが、確かにわたしがサラ・ファインです!」
「おー、元気元気、いいねー。あたしは安曇野つかさ。ピコちゃんのクラスメイトだよー」
「ピコ、ちゃん……?」
「そ。宙彦だからピコちゃん。かわいーっしょ?」
「はい、響きがキュートです! わたしも――」
「断る。呼んだら以後最大限の努力でもってお前をシカトする」
断固とした決意でもって告げる。後輩からピコちゃんと呼ばれるのは流石にダメだ。大切ななにかが派手に壊れる気がする。
「後輩に冷たいなー、ピコちゃんは。いいじゃん、あたしだって呼んでんだから」
「そもそも誰にも許してねえし、なんならお前にはこの二億倍は冷たく断りましたが?」
「へへ、照れるなよー」
「照れてない。読解力どうなってんだお前」
相変わらず自分に都合の悪いところは聞き流す安曇野に対して厳しめに突っ込んだところで、「そうだ、空木先輩!」とファインがなにかを思いついたように声を上げる。
「なにか、わたしにお礼できることはありませんか? 先日から、いろいろとお世話になってばかりですので!」
と、突然話を振ってくる。急にそんなことを言われても困るんだけど。
「お礼っつったって、特にこれといって……あ、そういえば」
少し考えて、この時期ならではのイベントのことを思い出す。
「新入生戦の優待券とかって、余ってるか?」
新入生戦。文字通り新入生同士がフライトアーツで戦う学内競技会。
予選や選考などはなく、参加希望者が各自一戦ずつ戦うエキシビションのようなものだ。
ただ、新人のみの学内競技会とはいえ、観戦倍率は決して低くない。
前提として、フライトアーツの国内人気が高いことが一因としてある。
加えて、新入生戦は実質年に一回のレアなイベントの上、観客席の少ない練習競技場で行われる。FASの学内競技会は普通に観戦したいお客さんも入れてしまうので、学校関係者の席がわりと取りにくいことで有名だった。
で、確実な狙い目は、新入生全員に最低三枚配布される関係者用優待券なわけだが。
「はい、だだ余りです! わたし、ひとりで日本までやって来たので、優待券を渡せる家族や知り合いとかっていないんです! ええ、ただのひとりも……!」
と、蒼い目を気持ち潤ませながら言うファイン。口には出さないがなんか可哀想だ。
「そ、そうか……だったら礼はその優待券でいいや」
「サラりん可哀想ー、あたしも応援しに行きたいから券ちょーだい!」
便乗してきたのは安曇野だった。俺の目の前に割り込んでファインの手をぎゅっと握っている。相変わらず対人関係の距離の詰め方が異常に早い。
「安曇野先輩、優しいです……! よ、よろしければ、是非!」
「よっしゃ任せろ、いっぱい応援するぜー!」
と、ファインの手を取って思い切り天に衝き上げる安曇野。
急に訪れたイベントチャンスにわくわくするのは勝手だが、そろそろ――
と思っていたら、予想通りのタイミングで赤いアホウドリのバリトンボイスが響いた。
『一年A組女子出席番号九番サラ・ファイン。
および当クラス女子出席番号一番安曇野つかさ。
本時間は自由時間であるが、度を超えた声量の会話は内申点の減点対象となる。
以後、慎むように』
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