第3話 女の子が姉に憧れていた場合




「あの! 紛らわしいのではないでしょうかっ!」


 ゴルフバッグ大の物体にしがみつきながら、ファインは涙目で言う。

 確かに、いきなり『寄越せ』ってのは誤解を生みかねなかったかも。


「思い返せばややこしい言い方だった」


「そうです! いきなり『寄越せ』だなんて、すごくびっくりしました!」


「あー、悪かった悪かった。別に盗って奪おうってわけじゃねえよ」


 なだめるように謝ると、ファインは「本当ですか……!?」と念を押してくる。

 

「本当だって。ただ預からせてくれ、って言ってるだけだ」


 にしても、土下座したり腹立てたり、情緒の忙しい後輩だ。


「改めて説明するけど。そのギアな、今使えなくなってんだよ」


「……使えない?」


 と頭に疑問符を浮かべるファイン。

 やはり法規周りのことは知らないらしい。説明する必要がありそうだ。


「フライトギアには、ライフラインって装置が付いてんだ。

 装着者に危険が迫ったとき、問答無用で急ブレーキを掛けてその身体を守ってくれる。

 お前が今ピンピンしてるのも、そのライフラインが働いたおかげってわけだ」


「な、なるほど。メーカーさんに感謝です!」


「おう、命綱積んでくれてたW&O社に感謝しとけ。

 で、話を戻すとだな、つまりライフラインってのは緊急時の安全装置だ。

 そいつが作動したって事は、それなりに危険な事態が起こって、ギア自体に相応の負荷が掛かった証でもある。だもんで、一度ライフラインを作動させたギアには点検義務が課される。なんでかわかるか?」


「ええと……はいっ! 機体の他の部分に損傷がないか確かめるため、でしょうか!」


「正解。元気があって大変よろしい」


 わざわざ挙手までして、朝から本当に元気なやつだ。


「要はそのギアな、事故車みたいなもんなんだよ。

 点検が済んでない状態で飛んだら法律上アウト。ましてや学校でなんて絶対使えねえ」


「そ、そんな! じゃあわたし、明日からどうすれば……!?」


「だから早めに持って来いって伝えたんだよ。

 どうせ事情分かってない新入生だろってアタリ付けといて正解だったわ」


 あわあわと慌て出したファインは、俺の言葉にぴたりとその動きを止める。

 不思議な様子でこちらを見るファインを尻目に、俺は自宅の――のシャッターを思いっきり引き上げた。


 ガラス張りの扉の先に見えるのは、多くの部品が並ぶ。

 ギア本体にバックパック、アーマー、ジェネレーター、バッテリー、ロッドなどなど。

 フライトギアに関するパーツが、手狭な店内に所狭しと並んでいる。

 そう。何を隠そう――


「うち、ギアの専門店。小さいけど、点検くらいなら承ってる」


 ファインに『ギアを持って来い』と伝えたのも、うちでメンテをするためだった。

 病院を出てから点検を手配したのでは、学校生活にいろいろと遅れが出てくる。

 それに、さっきまでのファインの様子を見るに、そもそも点検が必要と気付くのすら遅れていただろう。

 これに関しては、何気に俺のファインプレーだと自画自賛しておく。


 したがって、ファインもさぞ喜ぶだろうと思っていたのだが。

 当の本人はなにやらぽかんとした表情で硬直しており。


「……どうした? ああ、金の話なら心配いらねえぞ。

 点検費っつっても大した額じゃねえし、FASの学生証見せてくれたら学割利くし」


 と尋ねて見るも反応は芳しくない。固まったままだ。

 どうしたのか、とファインの眼前で手を振ってみれば。


「――――ハッ!?」


 と何かに驚いたようにファインの身体がビクッと跳ねて。

 直後、取り乱した様子であわあわとし出す白金髪の女の子。


「しょ、少々おまちください……!」


「お、おう」


 なにやらこっちまでどもってしまうような慌てぶり。

 ただ、感情の方向性としてはプラスに向いているっぽい。

 なんというか、なにかに感動しているような、打ち震えているような。 

 そんな風にわなわなと震えるファインは、恐る恐ると口を開く。


「先輩、改めてお名前は……?」


「忘れんの早すぎだろ。空木宙彦。うつぎ、そらひこ」


「あの、お店の名前は……?」


「ギアショップうつぎ。そのまんまだな」


「もしかして、FA選手のアオイ・ウツギさんのご関係、だったり……?」


 その言葉に、少し息が詰まる。


「ああ、姉貴のこと知ってんのか」


 そう返す言葉尻が、冷たくなってしまったことを自覚する。

 ダメだ、この子はただモノを尋ねただけで、別になにも言っちゃいない。

 平静を保てるように、努めて口調を明るくして。


「六年も前の、しかも日本の元ジュニア選手なんてよく知ってるな。

 たしかにここは、その空木蒼の実家だよ」


 なんとか朗らかに言えた、と安心したところで。

 ファインが感極まったかのように俯いて。


「なんて、なんてこと…………」


 次の瞬間には、ばっと両手を天に向けた。


「幸運です! 僥倖です!! 墜落して良かったです!!!」


「何事か知らねえけど最後のは聞き捨てならねえぞ」


「失礼しました! 生きてて良かったです!!!!」


「急にスケールがでかくなったな」


「それくらいの幸運、ということです!!!!」


 びっくりするくらいの明るい笑顔で、勢いよくこちらを向くファイン。

 白金の髪が朝日にきらめく。見開かれた瞳の色はどこまでも澄んでいる蒼。

 次の台詞が、簡単に想像できる。この子は多分、純粋な子だ。

 だから意識する。自分の表情が曇らないように、最大限に明るく振る舞う。

 大丈夫、こんなことは慣れっこだと、自分に言い聞かせながら。


 そして、サラ・ファインは俺の想像通りのことを、目一杯の笑顔で口にした。




「――――アオイさんは、わたしの憧れの人なんです!!!!!!」




 ◇




 フライトギアは夢の翼だと、誰かが言っていた。


 重力絶縁粒子――GIPによって空を駆ける、単独飛行装備群。

 元は軍用装備として開発された飛翔の鎧は、きっかりヒト1人しか飛ばせない。

 ただ空を飛ぶだけなら飛行機の方が何倍も速いし、効率が良い。


 だから、夢の翼。


 夢とはつまり、夢想ということ。

 ごく限られた用途以外に、使う意味なんてほとんど無い。

 人が空を飛ぶ方法としては、限りなく無意味で非効率。


 ヒトが1人で空を飛べる。だからなんだと。

 その誰かは言っていた気がする。

 フライトギアは本質的に、人々の暮らしに意味をもたらさない、と。


 そして。

 意味をもたらさない。だからこそなんだと。

 その誰かは言っていた気がする。

 初めから人の夢に意味なんてない。だが、夢によって人は価値を得る。


 たとえば、速く走ることに何の意味がある?

 あるいは、素手で闘い合って強さを決めることに何の意味がある?

 美しく氷上を滑ることに、その足一つで遠くへ跳躍することに。


 であれば、ヒトが1人で空を飛ぶことにも。


 意味などない。けれど、価値がある。

 誰よりも速く、誰よりも強く、誰よりも美しく、誰よりも遠くへ。

 人が生み出したそれらの夢が、他の誰かをも突き動かすように。

 意味なんてなくても、価値があるから。


 フライトギアは、そういうものであるらしい。

 人が生み出した夢。人を駆り立てる夢。人を空へと運ぶ夢。

 

 言い得て妙だなと、今の俺はそう思う。

 ギアを纏って空を飛ぶやつは。

 あるいは、ギアを弄って空を飛ばすやつも。


 みんな揃って、子供みたいに夢見がちだから。

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