第6話 新入生が切磋琢磨する場合



 スタートクロックは、動作してからきっかり二十秒を刻む。

 一辺二百メートルの立方体空間『ボックス』の上面GIPフィールドが消失しているのは、その二十秒間のみだ。

 つまり、この二十秒間で両選手は、ボックス上面から内部に入らなければならない。


『クロック五秒! りょ、両選手、ほぼ同速で上昇していきます!』


 仮に、クロックの二十秒を過ぎてボックスに入ろうとする場合。


 時間を過ぎると当然、ボックス上面のGIPフィールドが再度展開される。

 飛行のために常時GIPをまとっているフライトギアが、そこに突っ込むとどうなるか。

 ボックス面とフライトギアのGIPフィールド同士が接触することで、接触部のGIP密度が上昇して斥力場が発生。結果として、ギア側が吹き飛ばされてボックスへの進入に失敗する。


 つまり、「閉め出される前にさっさと入れ」。

 これがフライトアーツにおけるスタートの基本となる。


 ギアの上昇速度は最高で約九十キロメートル毎時。海面からボックス底面までは十メートル。ボックス高さは二百メートル。距離合計は計二百十メートル。所要時間は単純計算で約八・四秒。

 船上からの加速時間もろもろ込みで十秒あれば、余裕でボックス内へ進入――『ボックスイン』できる。


 であれば、残りの十秒はどう使うのか。これがスタートにおける第二の読み合いになる。

 取り得る選択肢は二つ。か、か。


『クロック十秒! 笹川選手、ここでボックスイン!』


 一つ目の選択肢、位置。

 早めにボックスに入り、優位な位置を確保する『スライドスタート』。

 ここで言う『優位な位置』は選手それぞれの得意な戦法によるが、今回の笹川君――長い銃型ロッドを持った方――とやらはボックス下寄りの低空域を陣取るようだ。


『い、一方、牧田選手はまだ上昇を続けます!』


 そして二つ目の選択肢、速度。

 上昇に時間を費やし、急速落下で速度を稼ぐ『ダイブスタート』。

 自由落下のエネルギーを利用し、性能以上の速度でもって戦闘を開始する。牧田君――通常ロッドを持った方――はこちらを選んだらしい。


『クロック十四秒、牧田選手が反転、降下開始! 笹川選手は迎え撃つ形です!』


 牧田君側が落下の勢いで加速していく。

 ほとんど垂直に近い急降下で、銀色の機体は薄白のボックスへと突っ込んでいき。


『牧田選手、ボックスイン! く、クロックタイム、十八秒四五!』


 牧田君側がボックスに入る。タイムはまあ、新入生ならこのくらいか。

 ちなみにスタートクロックの秒数などの諸情報は、競技用アプリを用いれば個人端末で確認可能だ。一応俺の手元の端末でもアプリは起動しており、スタートクロックの秒数はゼロ間近となっている。そして。


『スタートクロック、レッド!』


 実況の声とほぼ同時に、競技場にブザーが鳴り響く。

 正真正銘の試合開始だ。この合図の後、互いへの攻撃行動が可能になる。

 早速、先にボックスインしていた笹川君が銃型のロッドを構えた。

 次の瞬間、銃口から白い光塊が放たれる。


『笹川選手、スプレーガンで上空の牧田選手へ応射!』


 ロッドの拡張パーツ、『GIPスプレーガン』。

 GIPを集束させ、文字通りスプレーのように遠方投射する機構。

 重量はかさむが、遠距離から攻撃可能となるのは大きなメリットだ。

 ただし、高速で動く相手に弾を当てるのは相応に難しい。


『牧田選手はこれを回避!』


 笹川君は続けて二射、三射するも、牧田君は旋回や軸移動で回避していく。

 これで最初の攻防は牧田君の勝ち。双方の距離は肉薄しつつあり、射撃攻撃のメリットは既に存在しない。ダイブスタートによる初速増加が生き、迅速に接近できた結果だ。

 牧田君はそのまま突進、通り過ぎ様に笹川君の近くでロッドを――直撃させないように――薙いだ。すると、牧田君のロッドの先から白い粒子――GIPが発せられ、笹川君を直撃。

 瞬間、笹川君は弾き飛ばされ、大きく体勢を崩す。


『ファーストヒットは牧田選手! そのまま牧田選手は反転離脱!』


 フライトギアの基本武装である『GIPロッド』は、近距離の相手のGIPフィールドに干渉し、強制的に斥力場を発生させる。これにより相手ギアは、斥力場発生分のGIPフィールドの減耗や体勢の立て直しのため、余分なエネルギーを消費させられる。

 ここで言うエネルギーとは、電力のことだ。


『笹川選手、バッテリー残量は約九割。勝負は始まったばかりです!』


 GIP発生機構である『GIPジェネレータ』は、直結された『メインバッテリー』からの電力供給によって稼働している。

 そして、メインバッテリー残量が残り僅かになれば、ギアの制御系が「これ以上の飛行は危険」と判断して軟着陸マニューバを強制実行する。これが、フライトアーツにおける「敗北」にあたる。


『ここで笹川選手、体勢を立て直しての反転射撃! 牧田選手はボックス面沿いを上昇しながら回避機動を取ります、が――――かすりました! 牧田選手、飛行姿勢を崩した!』


 フライトアーツとはつまり、GIPフィールドへの干渉合戦だ。

 ロッドやスプレーガンによって互いのGIPフィールドを攻撃し、相手ギアのメインバッテリー残量を削り合う。それ以外の直接的な攻撃は、競技ルールにおいて全て禁止されている。

 ただし、攻撃方法はなにも自分自身のロッドだけではない。


『笹川選手の二射、続けて牧田選手に直撃! そして――』


 牧田君がまともに射撃を受け、弾き飛ばされる。その先にはボックスを為すGIPフィールドの壁があり――――


『牧田選手、ボックス面に接触! 再び弾き飛ばされます!』


 という具合に、ボックスの端に接触してもダメージを受けてしまう。こうなると姿勢も大きく崩れ、一気にバッテリー残量を持っていかれる。

 

『牧田選手、一転不利! バッテリー残量は約七割か! 攻防は続きます――――』


 ――――その後も一進一退の勝負は続いていき。


 初戦。最終的に勝利したのは、スプレーガンを使っていた笹川君の方だった。

 競り合い激しく、なかなか見応えのある試合だったように思う。

 事実、観客席の方もそれなりの盛り上がりを見せていた。

 それは、そうなのだが。


「どう? イイ感じな子いたー?」


「逆に、お前はどう思った?」


 いつの間にか隣の席に戻ってきていた安曇野の問いに、あえて質問で返してみる。

 安曇野は、オレンジのパックジュースにストローを差しながら「んー」と少し考えて。


「正直に言っちゃえば、頑張ってて可愛かった! 以上!」


「……俺も同感」


「そっかー、そりゃざんねん」


 全く残念そうにない素振りでジュースを飲み始める安曇野。

 こいつは、この学校での俺の『目的』を知っている。

 なんだかんだ距離を詰めるのが得意なやつだから、去年のいつだったかについつい話してしまったのだ。

 そんな安曇野は、俺の『目的』に対して「なにそれ」と呆れつつも、自身の人脈を使ってくれたりと一応応援はしてくれている。

 そんな助けを得ても尚、如何ともし難いのが今の現状なんだけど。


「お、次がサラりんの出番?」


「みたいだな」


 少し考え事をしている間に、次の試合の準備がおおむね整ったようだ。

 いよいよ、と言って良いのかは分からないが、ファインの試合だ。

 さて、整備してやったギアの調子はどうだろう。

 と思いながらスタートシップの方を見た俺は、思わず目を見開いた。


「あれは……」


 前の二人が使っていた『インガルス』によく似た、白いフライトギア。

 肩部や大腿部のアーマーには平面形状が目立ち、インガルスよりも角張った印象がある。 良く言って無骨、悪く言うと洗練が足りないデザイン。それもそのはず、ファインが装着してるのはインガルスの一つ前の世代の機体だった。


 WOG-302『クインビー』。

 性能面に大きな欠点は無いものの、総合スペックは後継のインガルスにやや劣る旧式機だ。とはいえ、型落ちというだけで珍しい機体ではない。だから、俺が驚いたのはそこじゃなかった。


「あー、翼型のツインロッド、ねー」と、安曇野がつぶやく。


 そう、両方の腕からまっすぐに伸びる、扁平形状の固定式ツインロッド。

 うちの店で預かって点検した時には見なかった装備だった。

 今あれを使ったスタイルで飛んでいるやつはめったにいない。理由は三つ。

 単純に流行外れだから。戦術がバレやすいから。そして、とある理由から姿勢のコントロールが困難だから。


 翼に似せたロッドというのは、フライトギアの黎明期から存在していたものだ。

 ただ、流行以外の二つの理由が致命的なせいで、昔からあまり人気が無かった。

 そんなスタイルが一時、日本の中で流行した時期がある。

 ――――約六年前。『蒼翼の彗星』空木蒼の現役時代だ。


「うちの姉貴に、憧れてるんだとよ」


「そっか。でもサラりん、ミーハーな感じはあんまりしなくなかった?」


「でも、ああいうをするやつに良い思い出はねえけどな」


「あははー、ピコちゃんきっつーい」


 苦笑いを浮かべる安曇野に、返す言葉は特になかった。

 一時流行った空木蒼のウイングスタイルは、一過性のブームにしかならなかった。

 元々テクニックありきの戦法だ。見よう見まねでモノにできるものじゃない。

 感化された学生が姉貴のモノマネをしてはその難しさに早々に諦めて、というのを俺は、ガキの頃に飽きるほど見た。

 だから必然、そういうモノマネには厳しい目を向けてしまう。

 

「ま、とりま見てみよ。ひょっとしたら『蒼翼の彗星』の再来かもだし?」


 なだめるような声色でいう安曇野に「さてな」と曖昧に返しつつ、海上に浮かぶスタートシップを見つめる。

 試合開始まで、残り五分を切っていた。


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