第7話 新入生が派手にやらかした場合
スタート間近。
ボックスを挟んだ海面で相対する、二隻のスタートシップ。
一方は灰色のインガルス。もう一方は白色のクインビー。
『第二試合スタートクロック、グリーン!』
第一試合とは違う生徒の実況と共に、スタートクロックの秒針が動き出す。
両者とも、スタートシップから全速で上へと飛翔する。
「ここまでは普通だねー」
『クロック十秒! ファイン選手、名川選手、双方とも上昇を続けます!』
今回は二人共がダイブスタートを選択したようだ。
ボックスの上端を過ぎて尚、二つの影はほぼ同速で上昇していく。そして。
『クロック十四秒、名川選手反転! が――――』
安定的なダイブスタートの反転タイミング。
ここに差し掛かって初めて、二機の動きに差異が出る。
『――――ファイン選手、まだ上昇!』
尚も上昇を続けるファインとクインビー。
白い機影は空を突き抜けるかの勢いで上を目指して。
『ここでファイン選手反転、クロックは十六秒! これは――』
クロックレッドに間に合うかどうか、ギリギリのタイミング。
この反転は、明らかな攻めのスタート――――
『「ゼロダイブか」!!』
思わず実況と声が重なった。安曇野も「ひゃー!」と驚きの声を上げている。
「うっわ、一年生がやっちゃう!? さーて、成功するかなー?」
ゼロダイブは、ダイブスタートの派生形だ。
その名の通り、スタートクロックがゼロを差すタイミングでのボックスインを狙う。
成功すれば、ギア脚部に展開しているGIPフィールドと、閉じたボックス上面のフィールドが接触して斥力場が発生し、さらなる加速力を得ることができる。
ただし、成功となるタイミングは非常にシビアだ。
少なくとも、新入生がいきなり挑戦してできるものではない。
『名川選手が先にボックスイン! タイムは18・60秒!』
通常のダイブスタートを決めた名川君は、そのままの軌道でボックス内を下降する。
一方、上空にいるファインのクインビーは、まだボックスに届いていない。
一見してタイミングは――大きくズレてはいない。
『ファイン選手がボックスへ突っ込む! クロックは残り僅か! どうだ――――』
「まさか」
「いくかー!?」
期待を込めた声を、観客の皆が上げた瞬間――――――
べいんっ、と。
『弾かれたぁああああああ! 盛・大・に! 弾かれたぁぁぁあああああ!!!』
「……はぁ」
「あっはっは! いいねいいね、キレイにオチたねー!」
呆れて溜め息を吐いた隣で、手を叩いて大笑いする安曇野。
サラ・ファイン。どうやら彼女は第一印象に違わず、勢いだけは凄い女の子であるらしい。
◇
それから、全ての試合を見終えた後。
競技場の傍のベンチで、ファインが肩を落として座っていたのを偶然見つけて。
いの一番に話しかけに行ったのは、当然のことながら安曇野だった。
「スタート失敗、無念ですぅ……」
「いやいや、普通にナイスチャレンジっしょサラりん!」
ファインの隣に座り、彼女の肩を叩いて安曇野が明るく励ます。
確かに、結果はどうあれそれなりの大舞台でテクニカルなスタートに挑戦する根性は大したものだ。
「クロックタイム20・13。惜しいと言えば惜しいか。
にしても、なんで入学初戦でアレをしようと思ったんだ?」
「初戦で、というより、いつもですね」
「いつも? どゆこと?」と安曇野が訊けば、ファインは心なしか胸を張って。
「自慢じゃありませんが、ゼロダイブは毎回狙ってます!」
「成功率は?」
「五割です!」
「本当に自慢じゃねえな……」
思い切りだけは良い返事に溜め息を吐く。
一方、安曇野はなぜかファインの発言にやたらとテンションが上がっており。
「いいねいいねそのガッツ。気に入ったよサラりん!」
「は、はい! ありがとうございます、安曇野先輩!」
「ノン! つかさ先輩と呼べー!」
「は、はい! つかさ先輩!」
「よーし! 良い返事だー!」
「何に付き合わされてんだ俺は……」
フィーリングが合ったのか、互いに手を取り合うファインと安曇野。
まあ、理由はどうあれ仲が良いのはいいんじゃないだろうか。と、思っていると。
「では、頑張るサラりんには特別に、あたし達に練習を見てもらえる権利をあげよう!」
「いきなり先輩風えげつねえな――って、達?」
引っかかる表現に聞き返せば、安曇野はにやりと笑っており。
「安曇野、今誰を含んだ」
「当然ピコちゃん」
「いやお前、勝手にそんなこと――」
「いいじゃん別に。ピコちゃん今暇っしょ?」
「暇じゃ、なくはねえけど……」
「じゃあ決定!」
勢いに押されつつ痛いところも突かれ、そのまま流れを持っていかれてしまった。
確かに今は、進級直後ってこともあって特に予定らしい予定も入っていない。
決して友達が少ないことが理由じゃないし、友達作りが苦手だからということでもない。
時期だ。単に時期の問題で予定がないだけだ。
と、自分に言い訳をしていると、ファインがなにやらその蒼い目を輝かせており。
「い、いいんですか?」
「もちろん! あたし達は、がんばる人の味方だからね!」
「つかさ先輩……素敵です!」
「でしょ? もっと言っていいよ?」
「調子に乗るんじゃない。ファイン、嫌なら断っても良いんだぞ」
安曇野の勢いに押されちゃいないかと訊いてみれば、ファインは首を真横にぶんぶんと振って。
「い、いえ! むしろ願ったり叶ったりといいますか!
正直、他の方の意見が欲しかったと言いますか……!」
「よく言った! そこで遠慮しないのはあたし的に高得点! サラりんにプラス二億点!」
「こ、光栄です!」
と、ここまでほとんど勢いだけの会話に付き合わされつつ。
なんだかんだ明日以降、機会を見てファインの練習に付き合うことが決まったようで。
「で、では、つかさ先輩、空木先輩、よろしくお願いします!」
「おっしゃまかせろー!!!」
「まあ、乗りかかった船だし。暇なときは付き合うわ」
「つまり毎日付き合ってくれるんだって!」
「人を暇人みたいに言うんじゃねえ。今は、たまたま、暇なだけだ」
なんてぐだぐだ言いつつ過ぎていく、新しくも今まで通りな日常。
この時はそんな風にしか思ってなかったけど。
どうやらこの時の決断は、俺の人生を思ったよりも大きく動かしていたようだった。
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