第8話 ルームメイトが帰ってきた場合



『それ、あんたにあげるよ。私にはもう、使えないからさ』




 ◇




 目が覚めて、溜め息を吐く。……また嫌な夢を見た。

 といっても、毎度のことなのでさほど気分は落ちていない。

 悪夢に慣れるのもどうかとは思うが、見てしまうモノは仕方がないわけで。


 あくびを一つ、気持ちを切り替える。

 枕元に置いてあった携帯端末をたぐり寄せる。時刻表示は、七時過ぎ。

 朝食には間に合うだろう。そう思ってベッドから身体を起こす。

 すると。


「あ、おはよう宙彦」


 目の前に、おかっぱ頭の小柄な生徒が立っていた。

 楚々とした佇まいと表情から、日本人形を思わせる可憐な容姿。

 そいつは丁度、ブラウスのボタンを留めている最中で。


「……旺次郎おうじろう?」


 呼びかければ、そいつ――陸奥むつ旺次郎はにこりと笑って。


「久しぶり」


「おう……久しぶり」


 寝ぼけ眼でなんとか返事をしつつ、思い返す。

 旺次郎は確か、年度の初めからフライトアーツの大会で遠征していたはずだが。


「ああ、もう帰ってたのか」


「うん、昨日の夜にね。珍しく寝入ってたけど、何かあった?」


「あー、まあ、いろいろと」


「なになに、含むところがある感じ?

 気にはなるけど、とりあえず着替えて朝ご飯行こっか」




 ◇




 フライトアーツスクールは、全寮制の学校だ。

 全て生徒は例外なく、人工島オノゴロ内の学生寮にぶち込まれる。

 寮は男女で棟が分かれており、あてがわれるのは基本的に二人で一部屋。


 部屋の中は学生寮らしく、非常にシンプルだ。

 ベッド・勉強机・クローゼットが二つずつ、それぞれ左右の壁際にあるだけ。

 私物を置くスペースがあまり無い上、学内の施設が充実しているので、ほとんどの生徒にとって寮部屋は、帰ってきて寝るだけの場所だ。


 とはいえ、ルームメイトとは大なり小なり交流があるわけで。

 俺が旺次郎と喋るようになったのも、そういう単純な縁からだった。




 男子寮の食堂。中々広くて小綺麗なあたり、流石は巨大資本の私立学校だ。

 今日も今日とて金持ち学校の恩恵を受けながら、朝食のサンドイッチにありつきつつ。

 昨日までの経緯をざっと旺次郎に話してみると、軽く驚かれた。

 

「一年生の練習を? 宙彦が?」


「おう、見ることになった。なりゆきで」


 既に朝食を食べ終えた旺次郎――こいつは食べながらの会話をしない奴だ――は、少し目を見開いた後に、なぜかくすくすと笑い始めた。


「なに笑ってんだよ」


「いやいや、良いことだなって」


 口元を抑えて品良く笑いながら、旺次郎は続けて。


「去年のつかささんのときも、良い方に転がったからね。

 やっぱり宙彦、もっと他人と関わった方がいいんだよ」


「なんだその、今はあんまり他人と交流できてないみたいな言い方は」


「みたいな言い方じゃなくてそう言ったつもりだけど」


「は? 関わってますけど? めっちゃ交流してますけど?」


「でも、そのわりには友達少ないよね」


「は? 少なくないですけど? めっちゃ居ますけど?」


「そうなんだ。ざっと何人?」


 訊かれたが、あえて答えない。友達は数じゃないからだ。


「まあ、それはそれとしてだ」


「誤魔化すの下手だなぁ……」


「それはそれとしてだ。ちょっと悩んでんだよ」


 正直なところを口にすると、旺次郎は小首を傾げて「なにに?」と問うてくる。


「そいつ、姉貴に憧れててさ。プレイスタイルとかもたぶん、姉貴の丸パクリなんだよな」


「あー、それは……」と、旺次郎が微妙な顔をする。


 ファインが使っていた翼型のツインロッド。ゼロダイブもそう。

 恐らく、姉貴が現役の頃のスタイルそのまま。憧れてるなら尚のこと疑いようもない。

 だからなんだという話だが、単純に指導する俺の心持ちの問題だ。


「約束は約束だから反故にはしねえけど、どうしたって見方が厳しくなる。

 ただ、相手は一年だろ? あんまりボロカス言ってもなぁ、と」


「でも、実はすごいプレイヤーかもしれなくない?」


「ない。そいつ、成功率五割のゼロダイブを実戦で毎回やるようなやつだから」


「それは……ある意味すごいね」


「ああ、ある意味な」


 そう。俺はファインのことを、基本的にすごいやつだと思っている。

 憧れだけで単身で留学してきたり、ひとり夜の海で自主練に打ち込んだり。

 五割失敗するゼロダイブに、臆せず毎回挑戦したり。

 少なくとも俺は、あいつの真似なんてできそうもない。


「ガッツはあるやつなんだよ。で、たぶんいいやつだ。

 だから、身内びいきで棘のあること言っちまうかもしれねえのが嫌なんだよ。

 こういう場合に良い接し方とか、なんか無えもんかな」


 今はちょっとアレなファインだが、恐らく普通に指導を受ければ伸びるやつだ。

 だから、俺が個人的な感情込みでなにかを言ってしまうとあまり良くない気がする。

 とはいえ、姉貴をコピーしたプレイスタイルだと俺も厳しく見ざるを得ない。


 といった理性と感情の間で揺さぶられ、昨日から悩んでいるのだが。

 相談相手である旺次郎は、なぜかにこにこと笑っていて。


「なにが面白いんだよ」


「いや、なんというかさ」


 旺次郎はくすりと上品に笑った後、こくりとなにかに頷いて。


「うん、改めて、やっぱり宙彦には、もっと他人と関わってほしいなって」


「はあ? なんだそれ」


「そのままの意味だよ。じゃ、頑張って」


 そう爽やかに言い、朝食のトレーをもって一足先に立ち上がる旺次郎。

 呼び止める暇も無く歩いて行く小柄な背中を眺めて、ぽろりとつぶやく。


「……だから、どう頑張ればいいか訊きたかったんだけど」



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