第41話 本気で、ランク一位の対策を練る場合
放課後、工房棟、第五工房。
ここで作業するのはもう三日目になる。レンタル工房は余り使ってこなかったとはいえ、流石に連日使っていると慣れてくるもので、機材や工具の位置も完全に覚えてしまった。
いつものように、作業台に併設されたコンソールを立ち上げる。傍らには、アルタイルを装着したマネキンが静かに佇んでいて。
「さて」
と気合いを入れ、作業に取りかかろうとコンソールのキーボードを叩こうとしたとき。
うぃん、と工房の自動扉が開くと同時に現れたのは、金髪縦ロールのお嬢様だった。
「おーっほっほっほっほっほっほっほ! 定刻通りにワタクシが来ましたわよ!」
開口一番期待を裏切らない高笑いを上げるザ・お嬢様、アリス先輩。
前触れ無く現れたならそれはそれはびっくりするだろうが、今回は俺の方から折り入って呼び立てていたので、あまり驚かずに済んだ。それでも若干身体はビクついたけど。
「すみません、アリス先輩。工房に呼び出したりなんかして」
「構いませんわ! 頑張る後輩の頼みを聞く。これもまたノブリスオブリージュ!」
「そう言って貰えると助かります」
「あら、思ったより大人しい対応ですわね。夕花さんの件が利いているのかしら?」
言われて思わず苦笑する。長年の付き合いもあって、アリス先輩は俺に対してあまり遠慮をしない。俺としてもそっちの方が話しやすくていいんだが、こういう場合は少し反応に困る。
「まあ、そうかもですね。なんせ、あんな負け方したもんで」
「すぐに再戦をふっかけたのも、そのせいかしら?」
「そっちはファインの意思ですよ。あいつがやるって言ったんです。だったら、それを支えるのが俺の仕事ですから」
コンソールを操作しながらそう答えると、アリス先輩は「ウフフ」とわざとらしく、かつ悪戯っぽく微笑んで。
「……なにかおかしなことでも?」
「いえいえ、別に。して、サラさんはいずこにいらっしゃいますの? 機体はここにあるみたいですけれど」
「ああ、あいつは今頃、シミュレータ室で特訓してると思います」
「シミュレータ室? まさか、別行動をしていますの? 夕花さんとの再戦を控えたこの大切な時期に?」
「ちょ、なんでちょっと殺気立ってるんですか……一応理由があるんですよ。
この間、夕花と戦った翌日くらいに――――」
『自主練、ですか』
『ああ。マニューバを二つ、お前には覚えて欲しい』
夕花戦の翌日、いつものように2-Aの教室に来たファインに、俺はそう頼んだ。
『一つはコツさえ掴めばお前にもできると思う。
問題はもう一つだ。そいつには、アフターバーナーを使うことになる』
『アフターバーナー……アルタイルのロッドに付いてるイグナイターですよね。確か、三回しか使えないっていう』
『ああ。出力がバカ高い代わりに燃費が極悪なアレだ。本来は失速時の速度回復に使うもんなんだけどな。……アレを攻撃に使う』
『そのマニューバ、難しいんですか?』
ファインに問いに『ああ』と頷く。アフターバーナー自体、攻撃的な使用ももちろん想定はされているが、三回こっきりの超加速は使いどころが限られる上に取り回しそのものもかなり難しい。
『でもやってもらうぞ。俺たちは、本気で勝ちに行くんだからな』
『はいっ! 望むところです!』
こういう時のファインの勢いは頼もしい。生きのいい返事に『おう、頑張ってくれ』と返して。
『俺は俺で、アルタイルにちょっと細工をしようと思う。調査と調整含めて出来れば四日か五日は欲しい』
『? その間、訓練はお休みですか?』
『いや、実機がなくても訓練はできる。そのためのシミュレータだ』
訓練用のシミュレータ室。以前夕花と話をした施設だ。FASの学生なら誰でも利用できる。荒天時なんかには特に重宝されている場所だ。
『データさえ打ち込めば実機に近い訓練状況が作れる。アルタイルのシミュレータ用データはもう作ってあるから、そいつを使って訓練して欲しい』
言いながら自分の携帯端末を操作し、アルタイルのデータをファインの端末宛に送る。
ファインは制服のポケットから端末を取り出し、データの受信を確認したようで。
『りょ、了解です。シミュレータを使うのは初めてですが、がんばってみます……!』
『使い方に関しては心配すんな。わかんなかったら常駐の職員さんに聞けばいいし、なんなら俺に連絡くれてもいいから』
『わ、わかりました!』
『というわけで。しばらくは別行動だ。合流までの間、できる限り努力するぞ』
『はい! 男子も女子も三日会わざれば、です!』
「――――てなことがありまして、今は別行動中です」
経緯をざっくりと説明すると、アリス先輩はなにか感心したように二、三度頷き、「さきほどから少し、感じてはいましたけれど」と前置いて。
「今回は本気の本気ですわね、宙彦さん」
「……ええ、まあ」
「いつだったか、つかささんとタッグを組んでらっしゃった時を思い出しますわね。あの頃のようなギラつきを感じますわ。その姿勢、とてもグッドですわ」
先輩から賛辞と共にサムズアップを向けられて、なんとも言えずに頭を掻く。
「……アリス先輩に褒められるの、なんかむず痒いっす」
「あら? あらあら、ごめんあそばせ! ワタクシの高貴に過ぎるオーラにあてられてしまったようですわね! ああ、なんて罪なワタクシのブリリアントオーラ……」
「いやそこは関係ないと思いますけどごッホ」
無表情のままノーモーションで腹を殴られた。とても痛い。
「……ずみまぜん」
「で、呼び出したご用件はなにかしら?」
腹パンついでに本題を振られて、ちょっとの間息を整えてから「ええっと、ですね」とコンソールを操作して、ある画面を開く。
「コレについて、ちょっと意見が欲しいんです」
「GIPフィールドの出力分布かしら? これはまた随分と極端な調、整を……」
コンソール画面を見つめていたアリス先輩の語尾が詰まりだす。俺が意見を求めた意図について、何も言わずとも気付いたようで。
「アリス先輩と夕花の過去の試合動画、一通り見させてもらいました。先輩もファインと同じハイフライヤーですし、参考になるかなと思って。それで気付いたんです、先輩が仕込んでたこの仕掛けに。
どうです? ちゃんと真似できてますかね?」
「…………フフ」
その微笑みだけで、ある程度自分の読みが当たっていたことを確信した。
先輩は画面から視線を外して俺に向き直ると、なにかに降参したかのように軽く溜め息を吐いて。
「一応、ワタクシのとっておきの一つだったんですけれど」
「でしょうね。この間アドバイス貰ったときにも言ってませんでしたし」
恐らくは対夕花戦の隠し球。一目見ただけではわかりにくい仕掛けだったが、ヒントを探すために必死に動画を見ていたおかげでなんとか気付くことが出来た。
そしてこの仕掛けは恐らく、夕花戦で絶対に必要になってくる。
だからこそ、答え合わせを含めて、この場にアリス先輩を呼んだのだった。
そして、アリス先輩は目を瞑って空を仰ぎ、一度だけ呼吸をすると。
真っ直ぐに俺の目を見て、ぱん、と拍手を一つ打った。
「いいでしょう。その慧眼に敬意を表し、ワタクシから高貴なる意見を差し上げますわ。ただし!」
アリス先輩は俺の鼻先をビシッと指さして、不敵に笑う。
「先日のような無様な負けは、許しませんわよ?」
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