第42話 本気の、ランク一位を垣間見る場合



 FASの学生食堂は、やたらめったら広い。


 メニューはわりかし普通の学食的ラインナップだが、学生全員が一度にメシを食うにしてもそんなに広くなくていいだろう、という位の規模がある。

 一応、フライトアーツの大会やイベントなんかで外部から大勢の人を呼ぶことが多いからキャパをそれなりに確保している、という理由はあるのだが。

 

 今日みたいな平時は、昼休みといえども学生の姿はまばらにしかいない。人が少ないわけじゃなく、ハコが大きすぎるせいだ。

 ただ、世に聞く「学食の席確保」なんかは必要がないので、使う側からすれば困ることはあまりない。席は常に選びたい放題だ。


 だから、余程のことがない限り、誰かと相席になることはない。

 つまり、ひとりで手早くメシを食うにはうってつけなわけだ。

 ……うってつけなはず、なんだけど。


 ――――がちゃり、と食器の音。

 俺が座る席の正面に、トレーに載ったカレーうどんが置かれた。


「は?」


 唐揚げ定食を食べ進める箸を思わず止めて、顔を上げる。

 するとそこには、涼やかな顔で正面の席に座る、見慣れた女生徒の姿があった。

 黒く長い髪をヘアピンで留め、楚々とした表情で割り箸を割る……が、見事に失敗して箸の片方がへし折れた。相変わらず夕花は、変なところで不器用だ。


「……なに?」


「いや、こっちの台詞なんだけどな?」


「この席、ダメ?」


「そういうわけじゃないけど」


「そう」


「…………なんか用か」


「なにしてるのかな、と思って」


 いつもの調子の言葉足らず……と思ったら「訓練。あの子と一緒に、学外でやってるみたいだけど」と珍しく言葉を付け足す。理由は分からないが、今日の夕花は普段より少しばかりおしゃべりみたいだ。


「まあな。誰かさんに対策されないように、ってやつだ」


「……ふうん」


 無表情だが、どこか不機嫌そうな空気を滲ませて、夕花はカレーうどんをすする。

 ずるるるっっ――――ぴしゃぴしゃっ。

 

「……お前絶望的にカレーうどんに向いてねえな」


「カレーうどんに向き不向きなんかない」


「俺もそう思ってたけどたった今考えを改めたところだ」


 一口目で見事にカレー飛沫を制服に飛び散らせた夕花は、俺の突っ込みを気にしたのか二口目からは慎重につるつると、うどんをすすっていく。

 ……制服からポケットティッシュを取り出して、夕花のトレーの脇に置く。


「今のうちにシミ取っとけ。今ほっといたら跡残るぞ」


「……ありがとう」


「汚れをつまみとってから、とんとん叩け。最後に濡れティッシュな」


「うん」


 乾いたティッシュでシミを取ったあと、夕花は新たにティッシュを取り出して四つ折りにすると、おもむろにコップを手に取って、畳んだティッシュの上に水を垂らす。


「いや濡れティッシュの作り方よ」


「手洗い場に行くよりこの方が早い」


「まあ、口付けてねえからいい……のか?」


「いい」


 シミを取り終えた夕花は「ありがとう」と余りのポケットティッシュを俺に手渡す。……相変わらずこの昔馴染みは、フライトアーツ以外のことになると若干抜けている。

 この世話を焼くみたいなやりとりをするのも久々だ。FASに入ってからはお互い別々の方向で努力してたから。そういえば、一緒にメシを食うのも中学生以来かもしれない。

 なんて感傷に浸りながらお互いメシを食い終わる。先に口を開いたのは、夕花だった。


「知ってると思うけど」


「ん?」


「私は、手を抜かない。強くなりたいから」


 なんのことかと一瞬考えて、すぐにフライトアーツの試合のことだと思い至る。


「……ああ」


「私に負けて気持ちが折れた人がいることは知ってる。それでも、手は抜かない」


「ああ、わかってる」


「本当に? あの子がどうなっても、私は責任を取れない」


 わずかに目を細めてそう言った夕花の言葉に、俺は少しだけ驚いた。


「らしくねえな。お前がそういう心配すんの」


「っ……そういう、ことじゃ」


 顔を少し赤らめる夕花。良くも悪くも他人を気にしない夕花にしては珍しい。

 なんだかんだこいつも姉貴を慕ってたし、俺のこともよく知ってるからだろうか。

 ファインにも思うところがあるのかもしれない。……ただ。


「いいか夕花、これだけはハッキリさせとくぞ」


 俺に、ファインに、そういう気遣いはいらない。


「お前はお前の戦いをしろ。俺は俺の、ファインはファインの戦いをするだけだ」


 真っ直ぐに夕花の目を見つめて言う。それだけで、俺の意図は伝わると思ったから。


「これ以上余計なことは言わねえ。……前の試合の言い訳をするつもりもねえ」


 言葉を重ねる意味は無い。今の俺がすべきなのは、喋ることじゃなく行動で示すことだ。


「全部、次の試合で見せる。お前はただ、待ってるだけでいい」


 余計なことは言わない。ただ最低限の言葉だけを伝える。

 それで十分だった。夕花は俺と視線を合わせたあと、静かに一度だけ頷いて。


「私は、待たない」


「は?」


 少しばかり予想外の言葉。首を傾げる俺に、夕花は続ける。


「私は努力を止めない。訓練も、勉強も止めない。だって」


 そこでようやく思い出した。ああ、雨車夕花は元々こういうやつだった、と。




「だって私は、もっと強くなりたいから」



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