第43話 本気の、相棒の仕上がりを確認する場合
試合前日、内地の海岸線。ここ一週間ほど毎日通い詰めた場所。
自主練を終えたファインと合流してから、FASの訓練場は使わなかった。衆目で訓練すれば必ず夕花が偵察に来る、そんな予感がしていたから。一応、秘密の特訓というわけだ。
そして今日は、そんな秘密特訓の集大成として、一通りのマニューバや機体性能の最終確認を行っていた。
『ど、どうでしたか……?』
海岸の空から、ファインが無線通信を通じて恐る恐る尋ねてくる。
端末のデータをチェックしていた俺は、大方に目を通し終えてから頷いた。
「ああ、いけそうだな」
ファイン自身も、アルタイルの方も、ほぼ想定通りのパフォーマンスを発揮できている。
手応えは十分。いや、もしかしたらそれ以上かも知れなかった。
「手は尽くせた。これが俺たちの、二週間でできるマックスだ」
『ッ――――ありがとうございます!』
「礼はいらねえよ。これは、俺とお前で挑む戦いなんだからな。とりあえず戻ってこい」
『はいっ、了解です!』
白蒼の鎧をまとったファインが、こちらへとゆっくり飛んでくる。
ヘルメットのバイザー越しには、笑顔が浮かんでいるように見えた。
◇
アルタイルの装着解除後、海岸備え付けの更衣室で制服に着替えて戻ってきたファインに、ペットボトルのスポーツドリンクを放り投げる。
「あ、ありがとうございます」
「あいよ」
俺の手には缶コーヒー。コンクリートの護岸に腰掛けてプルタブを開ける。夕暮れ時の静かな海に、かしゅっ、という音が響いた。
ファインも自然と俺の隣に座り込む。ペットボトルは両手で大事そうに抱えたまま、まだ開けようとはしていなかった。
「手応えはどうだ」
「あ、はい! 自分で言うのもなんですが、すごくがんばれたかと!」
「そか。そりゃよかった」
言いながら缶コーヒーを飲む。わずかなほろ苦さと、まったりとした甘さが口に広がる。潮風の香りとの相性は……良くもなく、悪くもなかった。
「正直な話、ここまで仕上げてくるとは思ってなかった。半分放置してたってのに」
「放置なんて、そんなことありません! わたしがひとりで訓練してたときも先輩、逐一連絡してくれましたし、詰まった時にはアドバイスもくれましたし!」
「つっても最低限のフォローしかしてねえよ。ここまでの状態に持って来れたのは、百パーセントお前の頑張りだ。手放しで誇っていいぞ」
わたわた謙遜するファインの肩をぽんぽんと叩く。
するとファインは、照れたようにごにょごにょとなにかを呟いたあと、少しだけ考えるような間を置いて、改めて口を開いた。
「やっぱり、先輩のおかげです」
ファインはその碧い瞳で真っ直ぐに俺を見つめる。夕焼けに赤らんだ白金色の髪が、海風に揺れる。
「ひとりシミュレータで訓練してるとき、今先輩もいっしょにがんばってるんだって思えたから、わたしもずっとがんばれたんです。ひとりだけど、ひとりじゃありませんでした。
本当にひとりだった時とは、全然違ったんです。だから、先輩のおかげですよ」
真っ直ぐな言葉を向けられ、むずかゆくなって頭を掻く。返す言葉も「そうか」という、これ以上無いくらいに素っ気ないものになってしまった。我ながら情けない。
火照った顔を正面から見られたくなくて、海岸線に視線を移し、残った缶コーヒーをあおる。誤魔化しついでに話題を探そうと考えを巡らせて、ふと思い出したことがあった。
「ファイン」
ファインがこちらを向く気配。あかね色の水平線を見ながら思い出していたのは、この間食堂で夕花と会ったときのことだった。
「お前、強くなりたいか?」
「もちろんです! 強くならないと、アオイさんみたく自由には飛べませんから!」
元気にそう返してきたファインの言葉に「自由に、か?」と聞き返せば。
「雨車先輩と戦って改めて気付きました。アオイさんは、トップレベルの人と戦っていても……あんなに苦しい戦いをしていても、それでも楽しそうに飛んでいたんだなって」
俯きながら語るファインは、前回の夕花戦のことでも思い出しているのだろう。
姉貴は確かに、いつもいつも試合を楽しんでいた。というより、飛ぶことそのものを楽しんでいた。試合の最中に姉貴の表情が曇ったのを、俺は一度も見たことがない。
そんな姉貴に魅せられたファインだからこそ、自由に飛ぶことの難しさを、夕花との戦いで実感したのだろう。
「運良く機体を継いだからって、わたしがアオイさんになれたわけじゃない。
自由は、願うだけで手に入るものじゃなくて、強くなって勝ち取らなきゃいけないんだなって。嫌ってくらいに、分かりました」
ファインは言葉尻に悔しさを滲ませ、拳を握りしめる。
「だからわたし、強くなりたいです。どんなときでも楽しんで、自由に空を飛べるようになるために。今は歯を食いしばってでも、いっぱいいっぱい努力して、強くなりたいです」
どこまでも前を見据えたファインの言葉は、清々しいくらいに一直線だった。
そんなファインにだからこそ、言っておかなければいけないことがある。
「ひとつ、訂正だ」
小首を傾げるファインの瞳を、俺もできるだけ真っ直ぐに見つめ返して。
「アルタイルが今お前の手にあるのは、運が良かったからなんかじゃねえ。お前の努力が実ったからだ。そこは誇れ」
「先、輩」
ファインの背中を一発ぱん、と叩いて立ち上がる。
夕日ももう沈みかけている。寮の門限に間に合わないと面倒なことになりそうだ。
そろそろ帰ろうと、一歩目を歩き出したその時に。そういえば、と言い忘れていたことを口にする。
「明日、勝ちに行くぞ、ファイン」
「――――はいっ、了解です!!!」
ファインが俺を追って急いで立ち上がる気配を背中越しに感じながら。
明日の戦いのために、俺たちは海岸を後にした。
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