第27話 後輩同士が決闘した場合



 それが必中の射撃であることは、誰よりファインと俺が理解していた。

 だから俺は、一か八かでファインに声を掛ける。


「蹴れ――――!」


 返事より先にファインの身体が反応した。空中で膝を曲げてぐるりと回転し、縮めた両足を光弾へ向ける。――――直後、射撃がファインに命中すると同時に。


『どりゃあっ!!!』


 ファインが弾を足場に、強引に両足を蹴り伸ばす。するとファインのアルタイルは、文字通り弾かれたように加速しその場を離脱して。


『なっ、まさか――――』


 直撃のダメージと引き換えに、発生した斥力場の衝撃を加速に利用するテクニック。強引にでも窮地を脱するための緊急回避行動。


『ば、バレットハック! ファイン選手、なんと二発目の射撃を利用しその場から離脱!』


『くそ、逃がすものか!』


 笹川君は追撃を加えようとスプレーガンのトリガーを引く。二発、三発と光の弾がファインへと襲いかかる。


『ファイン選手、追撃を回避――――し切れない! 二射目が掠る!』


「くぅっ――――でも!」


 ファインの後方には銃口。そして前方にはいつのまにかボックス下面が迫っている。

 幸か不幸か被弾によってトップスピードが落ちており上昇そのものは間に合うが、明らかに上昇タイミングが読まれやすい速度と位置。


「ファイン、アフターバーナー!」


『へ? あ、あふた、へ?』


「イグナイターが付いてんだよそのロッドには! 使え!」


『は、はい!』


 言ってから気付いたが、そういえば俺が丸一日ぶっ倒れていたせいで、ファインには機体の具体的な説明をほとんどしていなかった。とすると……ちょっとまずいかもしれない。


「気ぃ付けろよ、そのイグナイター滅茶苦茶加速す――――」


 言い終わる前にファインは上昇体勢に入り、イグナイター――加速用のロッド拡張パーツ――を起動する。すると。


『へ? びゃああああああああぁぁ――――!?』


 両翼からとんでもない加速力を受け、ファインが上方にぶっ飛ばされながら妙な悲鳴を上げる。


「やっべ」


『な、速いっ!?』


『ファイン選手上昇、急速離脱! と、同時にきりもみ回転!? 派手に逃げたぁ!』


 ……ウイングロッド『エルロン』に内蔵されたイグナイター装備『アフターバーナー』。小型軽量かつ瞬間出力に最大特化したこのイグナイターは、燃費が極悪であるため三度しか使えないものの、その分爆発的な加速力を得ることができる。

 失速するとその後が弱いハイフライヤーの欠点を補うための追加装備。現にファインの危機を救ったイグナイターなわけだが。

 

『あの!』


「はい」


『先に言っておいてほしかったんですが!!』


「正直すまんかったです」


『一応真剣勝負中なんですが!!!』


「申し開きもありません、はい」


 上空で姿勢を立て直したファインに怒られる。なんかこう、勝負前のシリアスな雰囲気を味わってて説明を忘れてた。などとは口が裂けても言えないので平謝り。次からはちゃんと説明しておこう。


『ふっ――――』


 と、通信から漏れてくる笑い声。声の主は、笹川君だ。


『ははっ』


『なにが可笑しいんですか!? こちとら全力なんですが!?』


『ああ、いや、失礼。久々に楽しいな、と思ってね』


 先ほどまでの余裕のなさとは打って変わって、本当に楽しげに言う笹川君。

 なんの心情の変化なのか、今も我慢できずに含み笑いをしている。

 ……気持ちは、分かる気がした。ファインの全力は、見る者のなにかを掻き立てるから。


『さて、ファイン君。次はなにを見せてくれるのかな?』


『決まっています。――――あなたの敗北です!!!』


『これはこれは、強く出たものだ――――!』


 言い合って、ファインは上から笹川君へと襲いかかり、笹川君は下からファインに狙いを付ける。二人の勝負は、接戦の様相を呈して――――




 ◇




 気付けば試合も終盤戦。残り時間は多くなく、互いのバッテリー残量も危険域まで一割前後と言ったところ。高空を飛び襲撃の機をうかがうファインも、低空から上を睨む笹川君にも、疲労の色が見えていた。


「お互い、あと一撃ってとこだな」


『次で決めます!』


『こちらの台詞だ……!』


 とはいえ、笹川君は射撃の構えを取っていない。スプレーガンのサブバッテリーが切れたのだろう。残る攻撃は恐らく、スプレーガンの親機であるロッドでの直打のみ。

 状況はファインが有利に見える。ただ、恐らくは万能型選手の笹川君だから、近接戦が苦手と言うことも無いだろう。なんにせよ、気は抜けない。


「――――今だ、行け!」


『はいっ!』


『ファイン選手、急接近! 最後の急襲か! それに対し――――』


 笹川君はスプレーガンのトリガーから手を離し、槍を扱うようにロッドを構える。


『笹川選手、応撃の構え! スプレーガンは既に弾切れ、互いに背水で迎える接敵!』


 高空からのファインの襲撃。今日幾度も見せた、対応困難な高速攻撃。

 先ほどまでと違うのは、笹川君が射撃の構えを見せていない点。

 これはつまり、射撃を考慮しない分、間近の接近まで笹川君に『考える猶予』があることを意味していて――――そこまで考えて、ハッとする。


『――――見えた』


 笹川君の声。俺が口を出す暇も無く二人は肉薄し――――瞬間、笹川君は高度を上げると共に身を翻す。ファインのアルタイルが放ったGIPの一撃は――――笹川君の真下の空を切った。


『なあっ!?』


『笹川選手、回避! ファイン選手の襲撃を最後の最後で見切ったぁ! そして――――』


「立て直せ! ポジション取られるぞ!」


 反射的に叫ぶが、ファインへ警戒を促す以上の意味をもたらせなかった。

 攻撃の勢いで下方へ飛んでいくファインの丁度真上を陣取るように、笹川君が飛行する。


『笹川選手、ここで上を取った! ファイン選手の軌道に覆い被さるような位置取り!』


『上がらせない。ここで仕留める』


 この位置取りはまずい。上を取らなければハイフライヤーの強みは生かし切れない。たとえ速度優位があっても、高度優位を取られていれば降下による加速で追いつかれるからだ。

 このままじりじりと上から追い込まれれば、やがて飛行範囲が狭まり、下方からの不利な接敵を強いられる。


『ならば――――!』と飛翔するファインがぐっと身体を起こす。


『ファイン選手、決死の上昇! しかし――――』


『甘い!』


 笹川君が、上昇途中のファインへ向けて降下急襲を掛ける。上がるファイン、降りる笹川君。こうなると速度は笹川君のインガルスが上回る。つまり――――


「ファイン、危ない!」


『笹川選手が背後を取った! ファイン選手、スピードに乗り切れない!』


 追う笹川君、逃げるファイン、その距離はみるみると縮まっていく。

 背後を取られる不利は戦闘機もフライトギアも同じだ。まして速度で負けている状況では絶望的。だれもがファインの被弾を――――つまりは敗北を悟った。


『笹川選手がロッドを振りかぶる――――!』


 その時。この場に居るファイン以外の全員が、不意を突かれた。


『――――――――ここだぁっ!!!!』


 ファインのその挙動に、初めに声を上げたのは笹川君だった。


『なっ、消え――――』


『ちゅ、!? これは――――』


 そう、笹川君の目には消えて見えたのだろう。ファインは背後に迫られた瞬間、身体を大きく反ることで急減速と同時にくるりと宙返りし、笹川君を己の真下に

 わざと失速ストールを起こすことで実現する曲芸マニューバ。いわゆる「魅せ技」の一つであるが、不意打ちには持って来いの空戦機動――――


『『「クルビット!」』』


『これで――――』


 状況反転。瞬時に笹川君の後ろを取ったファインは、攻撃後の隙を晒す彼の背中へ向けて、両方のウイングロッドを大きく振りかぶって――――


『終わり、です!!!!!!!』


 その声と同時に、GIPの白い閃光が炸裂する。

 ――――瞬間、試合終了を知らせるけたたましいブザー音が、南岸訓練場に鳴り響いた。

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