第26話 後輩同士が決闘する場合




『――――追加速! ファイン選手、ゼロダイブ成功!』


「よし!」


 響いた実況に思わず声が出る。それくらい、スタートはほぼ完璧だった。

 ボックス下部に陣取る笹川君へ向け、ファインは最高速で突撃していく。


『笹川選手、スプレーガンを構えて応射の構え!』


「来るぞ!」


『避けます!』


 ファインは航空機のような飛行姿勢を保ったまま、腕だけを僅かに動かす。

 すると、ウイングロッドが敏に風を捉え、ファインの飛行軌道が歪曲する。

 直後、スプレーガンの射撃。飛来した白の光弾はしかし、ファインの脇の空を切る。


『ファイン選手、初弾を回避!』

 

 直後ファインは再び旋回し、笹川君へ向けて最速で突撃する。笹川君の二射目は――――間に合わない。


「初撃いける、叩き込め!」


『はいっ!』


 笹川君が狙いを定める前に、ファインが肉薄する。相対距離がゼロとなり、そして――――


『ロッドは振らず、通り過ぎざまに――――ここ!』


 二機が交錯する瞬間、ファインがウイングロッドの先端からGIPを放射。翼の先端から放たれた白い光が、笹川君を直撃する。


『当たった――――!』


『ファーストアタックはファイン選手! 笹川選手が大きく体勢を崩す!』


『くっ――――初撃は差し上げよう。が』


 体勢を崩している笹川君から、それでも挑発するような通信が入る。

 そう。ファインは今トップスピードで笹川君に攻撃を仕掛けたが、二人が交錯したのはボックス下面に近い場所だった。つまり――――


『自滅だ』


『ファイン選手、高速で下面に接近! 激突か――――!?』


 実況の声が響いてなお、ファインは減速しようとしない。

 当たり前だ。夜の海で真っ逆さまに加速するような奴が、こんな場所で日和る訳がない。

 そんな元々の根性に加えて、たっぷりと練習期間もあったのだ。ここでファインが鼻を鳴らすのも、当然のことで。


『舐めるのも――――』


 下面が間近に迫った瞬間ファインは、ウイングロッドの角度を調整すると共に、GIPの斥力場を最大出力で発生させて――――


『――――大概にしてくだ、さい!!!!!』


 ぎゅいんっ、と。音が聞こえてくるかのような急上昇。

 通常のギアでは為し得ない、揚力を利用した極小旋回半径でのピッチアップ。速度のロスを最小限に下降から上昇へと転じる高難度マニューバ。

 ファインの描いた軌道はさながら燕尾の形。かつて姉貴も得意としていたそのマニューバの名は――――


『す、スワローテイル!? ファイン選手、下面ギリギリで跳ね上がった!』


『バカな、あそこから!?』


 驚愕の声を上げる実況と笹川君の様子に、心の中でガッツポーズする。

 そうだ、舐めるな。俺が認めたサラ・ファインは、こんなところで墜ちやしない。

 ただ、ファインの実力が確かでも、まだまだ気は抜けない。


「上昇、気ぃ付けろよ!」


 敵機を下に据えての上昇は危険が伴う。上昇中は下降時ほどの速度が出ず、かつ下方の敵を視認しづらいからだ。実際、多くのハイフライヤーは上昇時の被弾率が高い。


『任せてください!』


 声を上げると共に、ファインはウイングロッドを操り、ロールとピッチを交えて飛行軌道を不規則に歪曲させる。笹川君は、そんなファインへ向けて銃口を合わせに掛かる。


『笹川選手、上昇するファイン選手へ射撃!』


 一発、二発、三発。立て続けに放たれたスプレーガンはしかし――――


『当たらない、当たらない! 笹川選手、ファイン選手の回避機動を捉えられません!』


『くそ、ちょこまかと!』


 悪態を吐く笹川君を尻目に、ファインはみるみると高度を上昇させる。そしてファインはついぞその機動を見切らせないまま、ボックス上面付近の高空に復帰していた。


「被弾無し、初撃を入れての高度優位だ。このまま逃げに徹するか?」


 笹川君のスタイル、ローフライヤーは遠距離攻撃という明確な優位を持つ反面、複雑な機構を持つスプレーガンを搭載している分自重が重い。そのため、ハイフライヤーに比べて航行時のバッテリー消費が激しいというデメリットを持つ。

 仮にこのまま回避に徹して試合時間いっぱい――十五分間――逃げ回れば、バッテリー残量差で勝利を得ることも不可能ではない。ただ。


『却下です!』


 やはりと言うべきか、ファインがそんな提案を飲むわけもなく。


『正面から打ち破る! それ以外はありえません!』


「はいはい、了解。――――真上を取れてる、太陽使っていけ!」


『了解です!』


 牽制に放たれた笹川君の射撃を避けた直後、ファインは真下へ転回し加速する。


『ここでファイン選手、再び突撃! 急速に接近していく!

 笹川選手、応射の体勢! しかし、この位置取りは――――』


 射撃しようとした笹川君の動きが一瞬止まる。


『くそっ、見えない!』


 通信を通じて聞こえてくる声。見えないのは当たり前だ。今の笹川君の目には、まともに太陽の光が入っているのだから。


『応射、当たらない! 笹川選手、逆光を利用したファイン選手の目眩ましに嵌まってしまった!』


「行けるぞ、落ち着いて決めろ!」


『はいっ!』


 笹川君がうろたえている間にファインは接近し、先ほどと同じように通り過ぎ様の一撃を見舞う。笹川君は再び弾き飛ばされ、大きく体勢を崩す。


『くうっ――――』


「やった!」


 喜ぶファイン。先ほどよりも高度が高い位置での攻撃だったからか、ファインの様子に余裕が感じられる。ただ、こういうときにこそ気をつけなければいけない。


「気ぃ抜くな! 再上昇早く!」


『了解で――――あえっ!?』


 通信から妙な声が聞こえた直後、ファインの飛行姿勢がグラつき、速度が落ちる。

 上昇する直前での体勢の崩れ――――恐らくは翼の角度を急激に開いたことによる失速ストール。つまりは操作ミスだ。全く、嫌な予感ほど良く当たる――――!


『ちょ、うわっ!?』


「落ち着けファイン! 無理にスワローに移ろうとするな! 翼を水平に戻せ!』


『は、はい――――――うわぁっ!?』


 再びファインの姿勢がグラつく。今度はミスなどではなく、笹川君の射撃によるものだった。空中姿勢を元に戻し、射撃体勢に移行していた笹川君は、次弾も直撃させんと狙いを定める。


『流石に、無防備かと』


 正確にファインへ向いた銃口から再び、白色の光弾が放たれる。直後に体勢を整えたファインだったが、誰の目から見ても回避の余地は無い。

 必中の射撃が、白蒼の機体へと迫っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る