第28話 決闘の意味を考えてみる場合
「先日の非礼、大変申し訳ありませんでした」
試合後、インナーウェアを着たまま急ぎ足でこちらの
が、謝られることなどなにかあっただろうか? インナーウェア姿のファインと一瞬お互いを見合わせ、二人共が首を傾げる。
「?」
「?」
「……まさか、お二人とも勝負の条件をお忘れですか」
言われてからちょっと考える。そういえば、と思い出しそうになったとき、先に声を上げたのはファインだった。
「あっ、あーあーあー! そう! そうです! 勝ったら謝ってもらうんでした!」
「あー、そういえばそうだったな」
「空木先輩はともかくファイン君まで忘れてるのか……」
確かに、あれだけキレていたファインがそのことを忘れているのは意外だった。まあ、正直それどころじゃない事態が立て続けに起きてたこともあるし、それに。
「いやあ、良い勝負だったからいろいろ忘れちゃってて。すまんすまん」
「同じく、試合に夢中で。申し訳ありません……」
二人揃って笹川君に頭を下げる。すると笹川君は、くすりと含み笑って。
「ああ、すみません。本当にお二人は面白いなあ、と」
「あれ? ケンカ売られてます?」
「どうどうファイン。なんでお前は笹川君相手だとそんなに沸点低いんだよ……」
なぜか同級生に対して当たりのキツいファインをなだめすかす。
そんな俺たちの様子をずっと楽しそうに見ていた笹川君は、どこか満足げに言う。
「本当に良い経験をさせてもらいました。
正直、同年代に負けるとは思っていませんでしたから。それに」
言葉を切ると、笹川君の表情はすっと真剣味を帯びて。
「空木蒼さんの意志を継ぐ、ウイングスタイルのハイフライヤー。それが格好だけでなく実力も伴っているとなれば……そんな選手が、注目を浴びないわけがない」
笹川君の言葉は、恐らく真実になる。
俺から見てもファインの実力は一年生の中では上位だ。その上使用機体があの空木蒼に似たギアと来れば、流石に衆目は避けられないだろう。
そこまで思って、ああそうか、と得心する。つまり笹川君は、空木蒼の機体を手に入れられなかった代わりに、別のモノを得ていたわけだ。
「ファイン君。同世代に君のような選手がいて、僕は嬉しい」
真剣な表情で真っ直ぐにファインを見つめ、笹川君は言う。
その情熱に当てられたのか、ファインもまた同等の熱量で笹川君を見る。が。
「笹川君。わたしも――――」
「優秀な君を、いずれ完膚なきまでに叩き潰しさえすれば、大手を振って兄に会うことが出来そうだからね。そのためには、君にはもっと強くなってもらわないと」
「――――は?」
予想の斜め上な言葉を笑顔で言い切った笹川君に、ファインの口の端がぴくりと引きつる。いかん、またキレかけてるぞファインの奴。
「ははあ、なるほど、わたしは踏み台扱いですか。そーですかそーですか」
「踏み台とは人聞きが悪いな。成長の糧と言ってくれ」
「エサ扱いならそんなに変わらないんですが!? というか負けたくせになんでそんなに偉そうなんですか!?」
「敗北はバネ、失敗は成功の元だよ」
「ぬぁ――――! ああ言えばこう言う! 無駄に頭がいい人はこれだから!」
堪えきれずファインが爆発したところで、思わず吹き出してしまう。可笑しげに笑っているのは笹川君も同じだった。思わず目が合って、また吹き出す。
「笹川君、やっぱ君なかなか良い性格してるな」
「お気に召しませんか?」
「いんや、召す召す。それくらい癖がある方が競技科生っぽくていいわ」
安曇野しかり、FASのトップ3しかり、ファインしかり。
あくまで俺の意見だが、フライトアーツのトッププレイヤーは尖っててなんぼだ。
強者ひしめくFASで実力を発揮するには、他を寄せ付けない個性が要る。
そう言う意味では笹川君も、実にらしい。俺が見るに、いずれは彼もトップクラスにまで登り詰めることだろう。
なんて、根拠のない感想を抱きながら。
「それでは、僕はこれで」と、笹川君は軽く礼をする。
「おう、おつかれ。またな」
「またなんてなくて結構です! さようなら! さようならっ!!!」
きゃんきゃんと吠えるファインに微笑みだけを返して、笹川君は踵を返す。
扉を開けて控室を出て行くその後ろ姿を見送ったあと、ぷりぷりと怒っているファインへ向けて言う。
「期せずして良いライバルができた感じだな」
「別にライバルじゃありません。わたし勝ちましたもん」
「ギリギリな」
「ぬっ、ぐぬぅぅぅ……!」
「まあでも」
努力は努力。過程は過程。結果は結果だ。
つまりは試合の内容なんて関係なく、価値あるモノは変わらない。
だから俺は、しょぼい語彙でも心から言葉を引っ張り出して、精一杯ファインをねぎらおうと思う。
「おめでとさん。頑張ったな、ファイン。……うん、良く勝った!」
笑顔でもってそう言うと、ファインはその数倍は明るい笑顔で応えて。
「――――――はいっ!」
――――こうして、ひょんなことから始まったファインとの縁は、俺自身予想もしていなかった形で実を結んだ。
ぶっちゃけ、その時その時を感情のまま突っ走ってただけなので、予想もクソも無い気はするが。……振り返ってみて後悔の類いが一つも思い浮かばないのは、単なる運だろう。
結局のとこ。
俺が一年間思い悩んでいたのは、いわゆる休むに似たりだったのかもしれない。
ガキが理屈をこねくり回しても、感情を制御できるわけじゃないし。
最初からもっと心のまま動けば、こんなに時間は掛からなかったのかもしれない。
けど、よく考えてみれば一年間悩んでなければサラ・ファインに会えなかったわけで。
そう思ってみれば、下手の考えをしてた過去の俺も必要だったのかもしれない。
結局、なにが正解だったのかってのは今も分からない。
というより、今この時が正解なのかも分からない。
ただひとつだけ、わかってるのは。
――――感情のままに突っ走るのは、思ったより悪くないってことだけだ。
第一章 了
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