第36話 お嬢様がお叱りあそばされる場合
「……あ、アリス先輩、なにゆえこちらに?」
俺の背後でにこにこと仁王立ちしている金髪縦ロールの先輩にそう尋ねると。
アリス先輩は、不穏な笑顔をそのままに「いえ、ね?」と怒気を吐き。
「このあたりに、ワタクシのありがた~い忠告をガン無視した輩が平気な顔をしてのさばっている、とお聞きしましたので、少しばかり灸を据えに来ましたの」
「へ、へえ。そりゃあ大変っすね」
「ええ。大罪ですわ」
直後、アリス先輩は俺の後頭部をわしっと掴むと。
その白魚のような指をぎりぎりっと、俺の頭部にめり込ませた。
「――――あ、ぎいぃぃ!?」
「お馬鹿? お馬鹿ですのアナタ? ワタクシ昨日なんて言ったか覚えていまして? え、鳥? 鳥並の記憶力ですの? この中には鳥の頭が詰まっていまして?」
「イタいイタいイタいイタい! ストップ、アリス先輩ストップ!」
「止めろ《ストップ》? え、命令形? 誰に向かって言ってますの? ひょっとしてワタクシに向かってそんな口を叩いていらっしゃる? 無礼な鳥頭風情が?」
「止めてくださいお願いします! 俺が全面的に悪かったです! すいませんっした!」
「ふん、わかればよろしいですわ」
最後に後頭部をべしんと平手で叩かれ、ようやく解放される。
ずきずきと痛む頭を抑えつつ、もう一度「すみませんでした……」と謝る。アリス先輩、見かけに反してそこそこバイオレンスな性格をしている。
「後頭部へのアイアンクローで痛いのは相当だよね……」
「乙女の握力、甘く見ないことですわね」
空をにぎにぎしてアピールするアリス先輩。乙女やお嬢様の所作では到底ないが、下手に突っ込むとまた暴力の餌食となるので口をつぐんでおく。……が、それはそれとして言いたいことは別にあった。
「というかアリス先輩、どうせあれでしょ? 話題が新鮮なうちにファインと先に戦いたかっただけですよね?」
「ぐっ……と、鳥頭にしては慧眼ですわね」
わかりやすくどもるアリス先輩。MTP社の看板娘を自称しているだけあって、先輩はとてもとても宣伝熱心だ。あるいは親孝行とも言えるか。あえて目立つような言動をしているのも、MTP社をアピールするための戦略だというのだから恐れ入る。
ただ、それはそれとして、だ。
「看板娘やるのは結構ですけど、うちのファインを巻き込まないでくださいよ。あいつまだ一年生なんだし」
「宙彦さん、その認識は少々甘過ぎましてよ」
ふざけ気味に突っ込んだら、アリス先輩から思いのほかシリアスな返事が返ってきた。
「蒼さん――『蒼翼の彗星』の記憶は、サラさんの機体と活躍によって皆の頭の中によみがえりつつありますわ。そして、当のサラさん――『白翼の流星』は幸か不幸か、それに見合う強さの持ち主。遠からず、彼女は蒼さんの名を背負わされ、表舞台に立たされますわ」
そう語ったアリス先輩の表情は、少し硬くて。
俺は、状況を甘く見すぎているのか。そう感じて、ルームメイトに視線を遣る。
「……旺次郎も、同意見か?」
「まあね。僕もファインさんの試合ビデオは見て、ちょっと怖いなって思ったし。彼女、注目はされると思うよ」
その言葉に、考えさせられる。
一年生同士の私的な試合を、FASでも上位の実力を持つ人間が少なくとも四人、注目していたとは。安曇野に関してはほぼ身内だからだが、夕花やアリス先輩に関しては部外者の立場だったはずだ。それなのに、ファインに意識を裂かねばならなかった。
その事実が示すのは、ファインの実力が本物であると言うことと、もう一つ。
姉貴の――『空木蒼』の影が、ファインの背後にちらついているから。
「だからワタクシもファインさんに目を付けたのですけれど。よりにもよって夕花さんに先を越されては、どうしようもありませんわ」
わざとらしく溜め息を吐いたアリス先輩。先輩の目的は夕花と違い、注目のマッチアップを利用してMTP社の宣伝をすることだろう。アリス先輩は基本、そういうチャンスを逃さない人だから。まあ、今回は珍しく逃がしたわけだけど。
それはそれとして。丁度良くアリス先輩に訊きたいことが思い浮かんだので、そのまま口にしてみる。
「もしアリス先輩がファインの立場なら、どう戦います?」
「あら、殊勝にもワタクシからアドバイスを賜ろうと? おーっほっほっほっほ! 目の付け所がいいですわね宙彦さん! もちろん、よろしくってよ!」
「相変わらず急にスイッチ入りますね」
などという俺の突っ込みを華麗に無視しつつ、頬に手の甲を添えた高笑いポーズのまま、アリス先輩は語り始める。
「ファインさんには、夕花さんに対抗し得る武器がひとつ、ありましてよ。
――――体格、ですわ」
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