第37話 相棒の長所を確かめる場合




「突然だがファイン、お前の利点は小さくて軽く、かつ薄いところだ」


「はい?」


 いつものように2-Aにやってきたファインに話を振れば、ぽかんとした表情で返事が返ってくる。流石にいきなり過ぎた感はあるが、とりあえず話を続ける。


「知っての通り、フライトギアはGIPによる重力軽減と斥力場を利用して飛んでる。だから、装着者の体重や体格ってもんが重要だ。GIPの軽量化作用にも限度があるからな。夕花は細いからともかく、安曇野くらいのガタイの奴は装備の幅が限られてきたりする」


「はい?」


 今度は隣で聞いていた安曇野がぽかんとした返事をする。いや、今はお前には話してないんだけども。まあいい、話を続けることにする。


「それでだな、ファインは夕花をよりも小さいし軽いし薄い。これは明確なメリットになり得る。次の戦い、夕花は体格の不利からハイフライヤースタイルは選ばない。恐らくはフリッパーで来ると思う。ローフラの線も無くはないけどな」


 フリッパースタイルは、イグナイターやスラスター――バックパック固定式の増設加速機構――を装備して中空域を陣取り、相手の隙を見て瞬時に移動する瞬間加速力特化型のスタイルだ。


「でだ。ハイフライヤーとフリッパーの対戦は鬼ごっこタグになりやすい。ここで、ファインの小さくて軽くて薄い点を利用する。具体的には――――なんだよその目」


 気がついたら、ファインも安曇野も無表情で俺のことを見つめており。

 なんだろう、何か前にも似たようなことが……と考えて、ふと気付く。

 ……ひょっとして俺、まあまあ失礼なこと言ってる?


「デリカシーって、必要だと思いませんか」


「そうかそうか、セクハラちゃんは死にたいのか」


「おっふ、地雷踏んでるぅ」


 ――――その後、抗議と共に数発のビンタを食らって。


「大変申し訳ございませんでした。以後言葉の取扱には細心の注意を払わせていただきます」


「分かればよろしい」


「なにやらデジャブを感じますが、とりあえず信じます」


 と、一通り謝り終えたところで、痛む頬をさすりながら本題に戻る。


「とにかくだ、ファインには体格における利点がある。ここを生かして機動戦に持ち込めば、良い勝負ができるかもしれない」


「良い勝負、ですか」


「ああ。まかり間違っても勝つとは言い切れない。ただ、それでもこの線が唯一の道筋だと思う」


 ドッグファイト、あるいは鬼ごっこタグとも呼ばれる、追って追われての機動戦。それが、アリス先輩のアドバイスに助けられて得た結論だった。


「アルタイルは、ウイングロッドの揚力を利用したエネルギーロスの少ない旋回が特徴だ。捕まりさえしなけりゃ、残エネルギー差で勝てる」


「…・・・逃げ続けろ、ということですか?」


「真正面から行って勝てる相手でもないからな」


 やや不満そうな顔をするファインの肩を叩く。「プレイヤーなら常に勝ちを狙いに行くんじゃねえのか?」と問えば、ファインはもごもごと言いにくそうに「そう、ですけど」と返してきて。その様子に思わず笑いながら。


「じゃあ、戦略は決まりな。あとは訓練の方向性だけど……ハイフライヤーがフリッパーを相手取るとき、一番重要なのはマニューバの手数だ。軌道を読まれて先回りされると捕まるからな。相手に先を読ませない飛び方が重要になる」


「つまり、新しいマニューバを取り入れるということですね!」


「お前な……試合一週間後だぞ? そんな悠長なことしてらんねえよ。今できるマニューバの精度を上げるのが最優先だ」


「むう、そうですか。残念です」


 不満そうに頬を膨れさせるファインに「そうです、残念なんです」と若干声真似をしつつ言うと、当のファインは嫌そうな顔をして「真似しないでください!」と返してきて。

 まあ、ファインの性根を考えれば多少の不満も分かるが、今回の相手はプライドどうこうを気にしていられるほど甘くはない。打てる手は全て打って挑むべきだ。

 などと考えていると、横からつんつんと肩をつつかれる。安曇野だった。


「ピコちゃんピコちゃん、あたしにも手伝えることある?」


「ん? いや、お前もそろそろ試合で忙しくなってくる頃合いだろ」


 今は四月末。五月の連休中はフライトアーツ界もかき入れ時だ。FASでも、人気選手は毎日のように試合の出場要請がある。学内四位の安曇野も例に漏れない。

 だから本来夕花の側も忙しいはずだが、あいつは自分のやりたいことを最優先するタイプだ。五月の連休にぶつかるような日に、余裕で私的な試合を入れ込んできていた。

 閑話休題。安曇野は安曇野で忙しい時期なのは間違いない。


「大丈夫大丈夫、空き時間とか意外とあるし」


「そういうのは訓練に充てるもんだろ……心配すんなって。お前にはお前の戦いがあんだから。むしろ、なんかあったら遠慮なく言えよ?」


 余裕をかましているように見えても、安曇野はそこまで器用な奴じゃない。

 だから、いくら手助けが欲しくてもここで安曇野の情に頼るのは、ダメだ。

 そんな内心がひょっとしたら透けたのか、安曇野は俺を見てからかうような、照れたような笑みを浮かべて。


「そか。……ま、そっちこそ、なんかあったら遠慮なく言えよぅ?」


「真似すんな。というか、今回は夕花が相手だからな。お前じゃ仮想敵にしてはちょっとガタイが――――あ」


 やらかした……照れ隠しで喋ったのがまずかった。すぐ気付いただけマシか? いや、一度踏んだ地雷を踏み直してるんだからだいぶヤバいんじゃないか。

 そっと様子を窺えば、そこにはこれでもかという程に無表情のギャルが立っていて。


「そうかそうか、セクハラちゃんは死にたいのか」


 さて、次は何発もらうかな――――と考えたあたりで一発目の衝撃が俺の頬を襲った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る