第38話 ランク一位の胸を借りる場合




 そして、試合当日。南岸第一訓練場、客席下スタートシップポート。

 接岸している小型艇スタートシップに、フライトギアを装着したファインが飛び乗ってくる。肉抜きされた白と蒼の軽量装甲は、薄暗いポート内でも薄く輝いて見えた。


「準備はいいか」


「はい、万端です!」


「いつも返事はいいんだよなぁ」


 ファインは相変わらず、フルフェイスメット越しにも分かる明るさだ。

 ……今日の戦いは厳しいものになる。この快活さが終始鈍らなければいいんだが。


「今回の相手は雨車うるま夕花ゆうか。このFASがっこうで一番強い奴だ。生半可な手はなにひとつ通用しないと思った方が良い」


「承知しています! 胸を借りるつもりで行きます!」


「で、恐らく夕花はフリッパー、つまり加速特化型で来る。そんでもって、お前と同じくゼロダイブを狙ってくるだろう」


「雨車先輩も、ですか」


 ファインの表情が少し締まる。前回の笹川君との戦いと違い、恐らく今回は両者共がダイブスタートを選択する『ダブルダイブ』になる。この場合、最序盤から激しいドッグファイトに発展しやすい。


「初速差が少ない状況は、加速手段が豊富なフリッパーに有利に働く。だからここが第一の難関だ。……ファーストアタックは死ぬ気で避けろ」


「死ぬ気で……はい、了解です!」


「その後は恐らく鬼ごっこタグ勝負になる。もちろん、お前が追われる側だ。相手の脇が甘くなれば攻撃に転じてもいいが、夕花もそう易々と隙を見せないだろう」


「では、仕掛けるのはダメ、ということですか?」


「いや。フリッパーは加速終わりを狙われると弱い。あえて状況を作れるなら、仕掛けてもいい」


 フリッパー側が勢い余ってこちらの前に出れば、巡航速度差を利用した追撃が可能になる。ただしこの方法にはひとつだけ難点があって。


「でも、速度は落とせないですよね」


「ああ。巡航速度はアルタイルの最大の武器だ。簡単に失うわけには行かない。だから、なるべくブレーキングせずに後ろを取る必要がある」


 全速状態を保ったまま相手を前に出す。これが攻撃に移る際の最低条件であり、同時にネックな部分だ。この条件を達成するためには、持ちうるマニューバを最大限利用しなければならない。


「テクニック勝負だ。しかもお前は常に逃げながら、数少ないだろう好機を確実に狙う必要がある。戦闘中はずっと集中し続けなきゃならねえ。何度も言うけど、厳しい戦いになるぞ」


「……はい! どんとこいです!」


 ファインの勢いの良い返事を聞いて、考える。伝え忘れていることは……たぶん、なさそうだ。あとはファインの力を信じて、俺は下で支えるだけだ。

 ……この時の俺はまだ、自分の想定の浅さに気付いてはいなかった。


「じゃあ、行くか」


「はい、行きましょう!」


 操縦桿を操作し、スタートシップを出艇させる。広がる空は、厚い雲に覆われていた。




 ◇




 スタート前、南岸第一訓練競技場、洋上。

 十メートル上空には、一辺二百メートルの薄白い立方体が浮いている。

 GIP――重力を低減し、密度上昇で斥力場を発生させる粒子――の壁六面で構成される『ボックス』。曇り空を透かして、箱状に切り取られた空の戦場。


『これより、本日のトレーニングマッチを開始します!

 対戦カードは……イーストサイド、『白翼の流星』サラ・ファイン!


 スタートシップの上から、対面を見る。

 反対側の客席下から出てきたスタートシップには、見慣れた暗紫の姿があった。

 人間のそれに比較的近い、流線型のシルエットの機体。カラーリング以外は無改造のインガルスをまとう、黒髪の女生徒。 


『対するウエストサイド、ランク一位! 『マルチロール・アクトレス』雨車夕花!』


「装備は……やっぱりフリッパーか」


 バックパックには増設のスラスター。両の脚部に固定式ショートロッドとイグナイターを装備している。加えて、左右の手にそれぞれ持つショートロッドに装着しているのは、ショットスプレー――射程を犠牲に重量を低減した中~近距離用スプレーガン――だ。

 ガチガチの加速特化。しかも、ショットスプレーを持ってくることで射程優位も得ている欲張り仕様ときたか。


「本気で殺しに来てるな」


「それだけ真剣に勝負してくれている、ということですね!」


「すげえプラス思考な。まあ、ビビってるよりはマシだけども」


 などと言っている間に、スタートが間近に迫る。 

 スタートクロックは二十秒。この間のみボックス上面のGIPフィールドが消失する。

 クロックが動いている間にスタートシップから飛び立ち、上面からボックスに入らなければならない。


 こちらが、そして恐らく向こうも同じく、試みるのはゼロダイブ。クロックゼロ秒付近でのボックスイン。再出現する上面GIPフィールドと、自機のGIPフィールドの干渉による追加速を狙う。


『スタートクロック、グリーン!』


 実況の声と同時に、二つの機影が同時にスタートシップから飛び立つ。

 白蒼と暗紫、互いが全速でもって曇り空へと上昇していく。

 二つのコントレイルは一秒一秒真上へと伸びていき、ボックス上面に到達する。

 そして――――戦闘前の予想はこの段階で崩れた。


『クロック十秒! おおっと!?』


「――――なぁっ!?」


 思わず声が出る。暗紫の機影が急減速し、ボックスへと早々に舵を切ったのだ。つまり――――


『雨車選手、スライドスタート! セオリーを破って先行ボックスインだ!』

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