第32話 お嬢様がご忠告あそばされる場合



 FAS競技科に存在する、学生の総合的な能力を順位付けするシステム、ランク制度。

 そのトップに君臨する、ランク一位に狙われている。

 アリス先輩のその言葉に、ファインはぴんと来ていないようで「は、はあ」と曖昧に首を傾げるばかりだった。しかし。


「やっぱ、そうなるか」


「だよねー……どうしよ」


 俺と安曇野あずみのは揃って溜め息を吐く。

 正直、想定内の事態ではあった。ただ、想定と対策は全くの別物であり。

 ほんの少し真剣な面持ちで、アリス先輩は俺とファインとを交互に見る。


「ワタクシも、若い芽を摘み取るのは是としませんわ。ですからこうして、あの子が動く前に忠告に来て差し上げましたの」


「助かります、アリス先輩」


「おーっほっほっほ! よろしくってよ!」


「いや切り替え早いな」


 と、即座にいつものお嬢様モードに戻ったアリス先輩に若干引いていると。

 

「あ、あの!」とファインが口を挟む。その表情には少しの困惑が浮かんでおり。


「お話がよく分かりません……わたしがその、ランク一位の方と戦うのが、まずいのでしょうか?」


 そう聞かれて、俺と安曇野、アリス先輩の間に微妙な沈黙が流れる。

 一口にまずい、と言えるわけではない。ただ、俺たちが言葉に困るのにも理由はあって。


「あたしは正直、サラりんには、ユーぽんと戦って欲しくない、かな」


 初めに口を開いたのは安曇野だった。安曇野はいつも通りと言えばいつも通りに、自分の気持ちを隠さずに言う。


「ユーぽん、強さがちょっと異質だからさ。もっとサラりんが腕磨いて、強くなってからじゃないとその、キツいと思う。いろいろと」


「ワタクシも同意見ですわね。だからこそこうして忠告に来て差し上げたわけですし。

 宙彦さんは、どうなのかしら?」


 アリス先輩に話を振られて、俺は少しばかり考えた後に言葉を絞り出す。


「俺は……まあ、半々かな」


「半々?」安曇野が目を細めた。その顔は怖いからやめて欲しいが、俺は俺としての意見を言わなければ。


「結局勝負ってのはやってみなきゃわからん部分が多い。もし俺たちの心配が杞憂だとすれば、夕花ゆうかと戦うのもファインにとっちゃあ良い経験になるかもな、と」


「えぇ? でもさぁ」


「あー、言わんとしてることはわかる、安曇野。これは『ひょっとすれば』って話だ」


 そう。いくらランク一位との勝負が望ましくないとはいえ、得られる経験が皆無というわけじゃない。ファインが前になにかを掴み取れる可能性だって当然、ゼロではないわけで。

 意見を違えた俺と安曇野、アリス先輩の間に再び沈黙が流れる――――その前に。


「あの」とファインが声を上げた。


「夕花って……下の名前ファーストネーム、ですよね? 空木先輩、お知り合いなんですか?」


 唐突に突っ込まれて「へ?」と間抜けな声を出してしまう。ファインのやつ、案外細かいところに、しかも痛いところに気付くものだ。

 正直、夕花との関係は微妙に言葉に表しづらかったりする。昔なじみは昔なじみなんだが……と、考えた結果、当たり障りなく返事を返すことにする。


「まあ、知り合い、だな。だからこそあいつの強さはよく分かるし、安曇野とアリス先輩が心配するのも頷ける」


 そう。三人とも、なまじ知っているから尚のこと。

 ランク一位のあいつの恐ろしさを警戒してしまうのかもしれない。

 ――――だから、だろうか。俺たちはひとつ、重要なことを見落としていた。


「その方、何年何組ですか?」


「え? 二年B組だけど……ちょっと待てファイン、俺らの話聞いてたよな?」


 なにやら良くない気配を感じて思わず問えば、ファインはその碧い目をキラキラと輝かせながら「はい!」と元気よく返事をして。


「空木先輩とつかさ先輩とアリス先輩がそこまで言うほどすごい人、ということですよね?」


「まあ、その認識でも間違ってはねえけど」


「なるほどなるほど……ちょっと唐突なんですがわたし用事が出来たのでここで失礼します!」


 と、俺たちがなにかを言う前に。

 プラチナボブを翻し、びゅん、と聞こえてきそうなスピードでファインは教室から出て行った。それはもう楽しそうな笑顔を浮かべながら。


「「「……え?」」」


 三人揃って目の前の事実にぽかんとしていると、廊下の向こう側、ちょうど隣の二年B組の教室あたりから『失礼します!』という、さっき聞いたばかりの声が響いてきて。


『こちらに、ランク一位の先輩はいらっしゃいますでしょうか!?』


 続けて聞こえてきた言葉が耳に入ってようやく俺たちは、事の次第を認識する。

 

「「「――――はあぁぁぁあああああ!?」」」



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