第31話 お嬢様がご乱入あそばされる場合
「あ、アリス先輩じゃん」
「こんにちは先輩、お久しぶりですー」
「サンダース先輩! この間は整備の相談乗ってくれてありがとうございました! 新しいパーツもいい感じです!」
「ごきげんよう、ごきげんよう! あらあら、ワタクシってば後輩さんたちに大人気で困ってしまいますわぁ! それと皆本さん? よろしかったら定期的にパーツの使用感についてお聞かせくださいまし?」
「はい! またお時間あるときに!」
「ウフフ、よろしくお願いいたしますわ」
などとにこやかに笑い、周囲へと優雅に手を振る金髪縦ロールのお嬢様。その様子を見て、ファインは目を見開いて驚いている。
「な、なにやら、ものすごく慕われているお嬢様です……!」
「おお、的確。アリス先輩はまさにそういう人だ」
ザ・お嬢様。かつ、ザ・いい人。それがアリス・L・C・サンダースだ。
いろいろ特徴的な人なので、他人に紹介するときにラクで助かる。
「ウフフフ、ワタクシからにじみ出るノブリスなオーラが、人々を惹きつけるのかしらね」
「ご覧の通り若干個性的だけど、中身は普通にいい先輩だ」
「な、なるほど」
引き気味にファインが頷く。まあ、気持ちはわからんでもない。見て分かるとおりに強烈な人だ。個人的には、初対面の相手をほぼ十割引かせる才能の持ち主だと思ってる。
「ときに! 宙彦さん?」
と、いきなりアリス先輩に指を差される。が、この人が唐突なのはいつものことだ。
「おっと、俺に用事だったのか。なんでしょう、先輩」
「動画、見ましたわよ? あの機体、ついに託しましたのね?」
聞かれて、思わず苦笑いしてしまう。動画というのは、先日アップロードされたファインと笹川君の個人試合のことだろう。FASでは、公私問わず学内で行われた試合は全て動画として記録されており、特に指定がない限りFASの公式サイトに自動でアップロードされ、誰でも見ることが可能になる。
とは言っても、件の試合は一年生同士の私的なものだ。そこまでアンテナを張ってるとは……正直、アリス先輩には恐れ入る。
「流石、耳が早いですね」
「あらあら、ワタクシを誰だと思っていて? MTP社の看板娘、アリス・L・C・サンダースですわよ?」
「それさっき聞いたばっかです」
「ワタクシの尊名を何度も耳にできて光栄でしょう?」
「あーはいはいキョウエツキョウエツ」
「ハイも恐悦も一回!」
「はい、キョウエツ」
「よし! もとい、よろしくってよ!」
「相変わらずよくわかんねーノリだよね、ピコちゃんとアリス先輩」
呆れたような口振りで横に居た
「あの、お二人はお知り合いなんですか?」とファインが尋ねてくる。
「あーまあ、昔なじみではある。うちの実家、フライトギアショップやってるからな。
MTPは昔から売り込みに来てて、その関係でちょいちょい顔合わせてたんだ。だから、姉貴の機体のこともある程度知ってるんだよ」
「なるほど。あと、すみません、そのMTPというのはどういう会社なん――――」
「シェェェエ―――――――――ェェエエエエイムッッッ!!!!!」
「ほあぁぁぁぁあッ!?」
言葉を遮るように大絶叫したアリス先輩に、ファインがびびり散らかす。
一方、後輩を怯えさせているなど気にも留めず、アリス先輩はわなわなと震えており。
「まさかMTPを知らない新入生がいらっしゃるなんて……ワタクシ、
「え、なに、何事ですか!? わたしなにかしましたか!?」
「まあ、地雷は踏んだかな」
と、これから起きることに思いを馳せ、目を細めて遠くを見る。
束の間、アリス先輩はファインの眼前にぬっと顔を近づけて。
「知らぬのならばお教えしなければなりませんわ! MTP社とは! イングランドに本社を構える、フライトギア関連パーツのサプライヤーですわ! フライトアーツのショービジネス性に注目し、機能だけでなくデザインをも追求したパーツ設計を得意としております! 近年ではパーツだけでなくフライトギア本体の設計・開発事業にも参入し、その第一号商品であるMTPG-01『ドレス・イン・ワンダーランド』についてはなんと! 現行機最優秀と目されるW&O社の『インガルス』に勝るとも劣らない性能である、との評価を各所より頂いておりますのよ! いずれはこのフライトギアスクールのレンタル機として正式採用されること間違いなし! その他諸々、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けるフライトギアメーカー! それがMTPなのですわ!」
「……な、なるほど。よくわかりました」
「いつも以上に圧がすげえ」
怒濤のような会社紹介に晒され、ファインは大きく仰け反って冷や汗をかいている。
一方のアリス先輩は、ファインの言葉に満足したのか「それはよかったですわ! おーっほっほっほ!」とお嬢様式高笑いをかましている。
「あ、あの」と小声でファインが尋ねてくる。「なぜアリス先輩は、こんなにもその、勢いがよいのでしょうか……!」
「さっきの自己紹介でも言ってただろ。先輩、MTPの社長の娘なんだよ。しかも自分とこの会社大好きだからな。知らないなんて言ったらまあ、ああなる」
「な、なるほど。というか本物のご令嬢だったのですね……!」
「そうだけど、あのお嬢様振りはただのキャラ付けだ」
「えっ、そうなんですか!?!?」
思った以上に驚くファイン。それを受けてウフフ、とアリス先輩は優雅に笑う。
「当たり前でしょう? 現代を普通に生きていてこのような口調になるはずがありませんわ」
「た、確かにそうですけど……ご自分で言っちゃうんですね……? ち、ちなみに、なぜそんなことを?」
「その方が目立つから!!!! ですわ!」
「な、なるほど……」
と、あの元気娘ファインが引いて引いて引き散らかしている。長年近くに居ると麻痺しがちだが、改めてアリス先輩の強烈さを思い知らされる。やっぱ無茶苦茶だよなぁ、この人。
「さて、本題ですけれど」とアリス先輩が急にテンションを平常に戻す。
「感情の波がすげえんだよな」という俺の呟きは先輩に華麗に無視されて。
「アナタが宙彦さんと組んだ一年生、サラ・ファインさん……で、よろしいんですわよね?」
「へっ? あ、はいっ! 申し遅れました、わたしがサラ・ファインです!」
「ウフフ、元気が良くて大変結構ですわ。それで、ですけれど」
「ワタクシから忠告ですわ。――――アナタ、ランク一位に狙われていましてよ?」
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